編集長コラム

細川 忠宏

不妊治療を受けてよかったこと

2014年04月07日

不妊治療を経験したカップルに「不妊治療を受けてよかったこと」はなんですか?と尋ねれば、当然、「子どもを授かったこと」という答えが返ってくると思われているかもしれません。

不妊治療は妊娠したいがために受けるものですからね。

ところが、体外受精で胚移植して妊娠できる確率は20%ちょっとです。なので、5回繰り返したとしても妊娠できる確率は7割に達しないのです。ということは、「不妊治療を受けてよかったこと」と聞かれて、「子どもを授かったこと」と、後々答えられるのは限られたカップルということになります。であれば、「不妊治療を受けてよかったこと」が「子どもを授かったこと」だけなのであれば、受けても授からなかったカップルは全く報われないということになります。

決して、そんなことはありません。

私(細川)自身、そういう経験がないのでわかりませんが、この10年以上に渡って、私たちのところにお送りいただいた膨大な数の当事者の「声」に接してきてそう断言出来ます。

今回はそのこと、すなわち、「不妊治療を経験することのよさ」は、決して、「子どもを授かること」だけではない、たとえ、不運にも、お子さんを授からなくても、それまでの経験そのものに、とてつもなく大きな価値があるということを、是非、お伝えしたいと思います。

不妊治療を経験してよかったこと、それは、食べるものや食べることをはじめ、日常の生活スタイルへの意識が格段に高まったというものです。

それまでは、どちらかと言えば、なにを食べたいかについて考えても、食べたものや食べ方が身体にどのような影響を及ぼすのかについてまでは、それほど考えていなかったと。また、今のような生活スタイルを続けていれば、数年後、数十年後の生活や
ふたりの関係性にどのような影響を及ぼすのかについて、立ち止まって考えることがなかったと言います。

それが、妊娠や出産にふさわしい食べものや食べ方、食、そして、生活スタイルが次の世代に及ぼす影響について考えるようになった途端、食や生活スタイルを大切にするスイッチが入ったようだと、口を揃えるのです。日々の食や過ごし方が積み重なって、生命を維持、発展できているわけですから、食や生活への意識が高まることは人生の質に関わってくるに違いありません。

不妊治療を経験してよかったこと、それは、パートナーがいてくれることのすばらしさやありがたみを、実感することが出来たというものです。

それは、単に治療に協力的か、否かというようなレベルのことではなくて、普段、一緒に生活していてもわからなかったパートナーの考えや思いに触れることが出来たというようなものです。パートナーと言っても他人なわけで、「本当のところはどうなのか」なんて、もしかしたら、パートナー本人でさえ、わかっていない、気づいていないところがあるのかもしれません。

ところが、ふたりの上に起こった予期せぬ出来事を経験することでお互いのこと、自分のことをより深いレベルで感じることが出来るようになるということがあるのかもしれません。そのレベルが深くなるということはふたりの人生の質に関わってくるに違いありません。

不妊治療を経験してよかったこと。それは、自分にとって大切なことはなんなのかについて考えるきっかけになった、そして、それを守りたいという思いが強くなったというものです。

大切なことはなんなのか、人それぞれですが、自分にとって大切なことはなんなのかを考えれば考えるほど、生活が充実するに違いありません。私たちは大切なものを守るために生きているからです。

さて、考えてみれば、食や食生活にしても、パートナーの考えや思いにしても、自分にとって大切なものにしても、普段の生活では、目の前の「やるべきこと」や「やらなければならないこと」に追われ、また、忙しさにまぎれてしまい、常に後回しになってしまう類いのものです。

追いかけているのは「お金ともの」だけ、なんてことになってしまいかねません。

でも、当たり前にやってくると思い込んでいた赤ちゃんが、当たり前にやってこなくなったとき、普段、置いてけぼりにしていた、いや、せざるを得なかった、本当に大事なことに考えや思いが及ぶようになるもののようです。

そう考えると、不妊治療を経験するということは、精神的、肉体的負担は大きく、辛いと感じることも少なくないかもしれませんし、無力感や報われないという感覚に襲われることもあるかもしれませんが、決して、それだけではない、そう思います。