編集長コラム

細川 忠宏

なんのためのカラダづくりなのか

2017年07月03日

肥満女性が体外受精の治療を受ける前にダイエットして減量してもしなくても、治療成績は変わらなかったという最新の無作為比較対照試験の結果がヨーロッパ生殖医学会誌の電子版に掲載されています。

スウェーデンやデンマーク、アイスランドの9カ所の不妊治療クリニックで、18-38歳のBMIが30以上で35未満の肥満女性317名をランダムに2つのグループにわけ、一方のグループには1日に880kcalの低カロリー食を3週間続けた後、2-5週間体重を安定させるというダイエット(平均9.44kgの減量)に取り組んでもらってから、そして、もう一方のグループはダイエットなしで、それぞれ、体外受精に臨んだというものです。

その結果、ダイエットグループ(152名)では29.6%の45名が出産に至ったのに対して、ダイエットなしのグループ(153名)でも27.5%の42名が出産に至り、出産率に違いはなかったというのです。

ある意味、驚きの結果です。

治療成績が変わらないんだったら、頑張ってダイエットする意味がないじゃないか!と思われるかもしれません、私も思いました。

ところが、研究結果をよく見てみると、出産率には違いは出なかったのですが、無治療、すなわち、自然妊娠で出産に至った割合はダイエットグループでは45名中16名の35.6%だったのに対して、ダイエットなしのグループでは42名中4名の9.5%だったとのこと。

要するに、ダイエットしたグループではしなかったグループに比べて、自然妊娠で出産に至った割合が高かったと。

また、ダイエット後の1回の治療周期の成績を比較していることから、ダイエット効果が出てくるには、もっと時間が必要だったのかもしれないことから、長期間の累積治療成績を比較すれば差が出る可能性はあると、筆者は指摘しています。

このことは、「カラダづくり」とはなにかということについて、とても大切なことを教えてくれています。

とにかく、短期決戦で、妊娠、出産するということだけを考えるのであれば、ダイエットするかしないかは、不妊治療の成績にはそれほどの影響を及ぼさないようです。

ただし、負担が軽く、自然に近い方法で妊娠することを目指すのであれば、ダイエット、すなわち、カラダを健康な状態に整えることは有効であるということがわかります。

また、筆者も触れていますが、より健康な状態で妊娠するほうが、妊娠糖尿病や高血圧など、よくある妊娠合併症や早産などのリスクが低くなるということもあります。

つまり、カラダづくりは、妊娠するしないというよりも、どのように妊娠するか、そして、妊娠してからという観点でみれば、プラスの影響を及ぼすかもしれないということになります。

さらに、未だ見ぬ子どもの健康という観点で言えば、最近の遺伝子工学の進歩でわかってきたことに、母親になる女性の受精前の食生活などの生活習慣が赤ちゃんの健康に取り返しのつかない、決定的な影響を及ぼすということがあります。

それは、受精時の子宮内の栄養環境が子どもの遺伝子のオンオフを調整することによるもので、その仕組みは「エピジェネティック」と呼ばれています。

そもそも、体質というのは、持って生まれた遺伝的素因と環境要因とが、互いに作用しあって、つくられます。

そして、遺伝的素因については、私たちにはどうすることも出来ませんが、環境要因については、たとえば、食生活や喫煙、気候、細菌、ウイルス、紫外線、運動、ストレス、睡眠などで、これらはある程度は自分でどうにか出来るところがあります。

ところが、その環境要因の中に、母親の子宮内の栄養環境があるというのです。

既に、子ども、本人にはどうすることも出来ないことです。

もちろん、子宮内環境が子どもの体質を全て決定づけるわけではありませんが、初めて生え揃った歯の質しかり、あらゆる健康状態に関与することがわかってきた腸内環境しかり、アレルギー体質しかり、肥満体質しかり、そして、特定の病気へのかかりやすさしかり、です。

冷静に考えてみれば、当たり前のことかもしれませんが、私たちのカラダでは原因と結果の時間の長さは、決して、短期的なものだけでなく、何十年後という長期的なものもあるようです。

つまり、食べ過ぎたから下痢をしたという、因と果が短期、かつ、単純でわかりやすいものだけではないということです。

妊娠に至らない期間が長くなり、特に、不妊治療を受けていると、妊娠できるかできないかということに頭や心が大きく占められてしまいがちです。

それは人情としては、全く、その通りだと思います。

ただし、お子さんを望むカップルにとっての「カラダづくり」というのは、妊娠するかしないかということよりも、むしろ、その後のこと、もちろん、比べようがありませんが、もっと大切なことかもしれないほうに、プラスの影響を及ぼすようです。

そう考えれば、「妊活」という言葉の意味やそのイメージ、そして、その方法についても、多少の修正が必要なのかもしれません。