食と精子の質との関係

2009年06月22日

今から17年前、男性の精子数についてのショッキングな論文が、デンマークの研究者グループによって発表されました(※1)。それまでの50年間で、男性の精液中の精子の数が、ほぼ半減しているというものでした。過去の論文を統合、分析して、判明したとのことで、誰も知らないところで、大変なことが起こっていたというわけです。

また、2006年には、聖マリアンナ医科大学の岩本教授(当時)は、日本人男性の精子数は、共同研究を実施したヨーロッパ諸国の中で、最低の数だったと発表しています(※2)。

そもそも、男性の精子の数なんて、身長や体重のように、ちゃんと調べられるのかとの疑問も、あるにはありますが、とにかく、減っているというのです。

もしも、精子数の減少傾向が本当だとすれば、50年前と現代の精子を取り巻く環境の変化のせいではないかと、そう考えざるを得ません。とにかく、この50年間、人々の生活が大きく変わったことは、間違いのない、そして、実感できる事実です。

食生活もその一つです。今週は、最新の研究報告ともとに、食と精子の質の関係について考えます。お子さんを望まれる男性に、是非とも知っておいていただきたいと思います。

抗酸化物質の摂取量が精子の健康を左右する

まずは、最新の研究報告から。スペインの不妊治療クリニックに通院する61組のカップルを対象に、専門家が食生活について約1時間程度のインタビューを実施し、メニューの頻度や摂取栄養素と男性の精液検査の結果を分析したところ、明らかな傾向があることが分かったというのです。

メニューの頻度では、肉や全乳製品をたくさん食べる男性は、野菜や果物、低脂肪乳製品をたくさん食べる男性に比べて、精子の質が低い傾向にありました(※ 3)。

そして、摂取栄養素では、抗酸化物質の摂取が少ない男性は、豊富に摂取する男性に比べて、精子の質が低い傾向があることが分かりました(※4)。

野菜や果物をたくさん食べる男性、そして、抗酸化物質をたくさん摂取している男性は、そうでない男性に比べて、精子が健康であるということ。野菜や果物には、抗酸化物質が豊富ですから、"抗酸化物質の摂取量"が、精子の質を左右していると言えるわけです。つまり、最新の研究報告の結果が教えてくれているのは、「抗酸化力」が、精子の健康のバロメーターになるということです。

カギは「抗酸化力」にあり

「抗酸化力」がカギになるわけです。抗酸化とは、その字が意味する通り、酸化(錆びること)に抵抗するということです。身体(細胞)を錆びつかせる(障害を与える)犯人は、あの"活性酸素"です。

私たちは、"食べて"、"呼吸して"、エネルギーを得ていますが、それは、細胞内のミトコンドリアで行われています。そこでは、"糖分"を、"酸素"で分解(燃や)して、二酸化炭素と水を放出しています。

このプロセスでエネルギーが産生されるのですが、それと同時に漏れ出るのが毒性のある活性酸素なのです。酸素を使うことで効率がよくなる反面、その副産物として活性酸素が出来てしまうのです。まさに、痛し痒しです。

また、紫外線や放射線など、喫煙や食品から異物を摂り入れた際、さらには、大きなストレスによっても活性酸素が発生します。

そこで、活性酸素の毒性を中和させるのに、私たちに備わっているのが「抗酸化力」なのです。具体的には、体内でつくられる抗酸化酵素と、食べて取り入れる抗酸化物質による防御システムです。

さて、話しを戻しますと、細胞の健康は、活性酸素による毒性の大きさと、それを消去する抗酸化力のバランスがとれていることによって、成り立っているわけです。もしも、昔に比べて、男性の精子数が減っているのであれば、生活環境やライフスタイルの変化によって、活性酸素の発生量が増えたこと、そして、男性の抗酸化力が低下していることが、一因であるはずです。

精子が活性酸素の攻撃を受けやすいのは宿命

これまでも、男性不妊患者の精液中には、活性酸素の量が多く、酸化ストレスが高いこと、また、体内の活性酸素の増加が、精子の運動率や機能を低下させたり、精子のDNAを損傷させ、さらには、精子をつくる働きや受精能力の低下に関与している等、多くの研究報告があります。

そもそも、活性酸素は体内のあらゆる細胞を攻撃するのですが、精子は、活性酸素の攻撃を受けやすい宿命的な理由があるのです。

精子の使命は単純明快です。卵子まで遺伝情報(染色体)を運ぶことです。とにかく、その機能に一点集中して、その他の機能を犠牲にしているように思えてなりません。

たとえば、形態的には、遺伝情報を格納した核のある頭部、そして、左右に激しく振って、推進力を生み出す尾っぽにあたる鞭毛だけの単純な形です。

また、精子には酸化されやすい不飽和脂肪酸が、多く含まれているにもかかわらず、活性酸素を消去する酵素を少ししかもっていません。

そのため、活性酸素の攻撃には脆くならざるを得ません。

さらに、卵子の待つところまで泳ぎ切るためには、膨大なエネルギーが必要です。卵子と出会う卵管の先端部まで、最短を直進したと仮定しても、10時間以上かかる計算になります。

そして、泳く速さですがはとんでもなく高速です。1秒に進む距離の体長比率で比較すると、次々と世界記録を樹立した、あのイアンソープ選手の2倍弱です!

そのためのエネルギーを産生するために、精子のミトコンドリアはフル回転し、当然、そこから発生する活性酸素の量も膨大です。

実は、ミトコンドリア遺伝子は、母親からの遺伝子しか伝えられません。受精成立後、精子のミトコンドリアは、DNAもろとも分解されてしまうのです!精子が卵子に到達するまで、膨大な活性酸素が発生するため、ミトコンドリアのDNAが相当な損傷を受けてしまい、悲しいかな、使いものにならなくなってしまうからなのです。精子のミトコンドリアは使い捨てにされうるというわけです。

このように、精子は、大量の活性酸素の攻撃にさらされる宿命にあるのです。

今や"精子を守る"という意識が大切

さて、現代の社会は、活性酸素の攻撃を受けやすく、抗酸化力を低下させてしまう因子に溢れていると言っても、決して過言ではありません。お子さんを望まれる男性は、精液検査の結果のいかんにかかわらず、精子を守るために抗酸化力を高める意識が大切です。ここまで、長々と、精子と活性酸素のお話ししてきたのは、とにかく、こにことを理解していただくためです。

まずは、食への意識を高めることです。

具体的には、活性酸素の攻撃から精子を守れるか否か、食生活によって変わってくるということを知ることです。

抗酸化栄養素をしっかり摂れる食生活を!

一言で言えば、野菜や果物を、豊富な種類と量で食べることです。

▼カラフルな食材を

赤、黄、緑、紫など、カラフルで色鮮やかな野菜や果物、魚介類には、ビタミンをはじめとする水溶性のフラボノイドや脂溶性のカロテノイド等、活性酸素の消去に効果を発揮する成分が豊富です。

例えば、トマトやスイカにはリコピンが、サケにはアスタキサンチンが、ベリー類にはポリフェノールが豊富です。

▼植物の種子

ギンナン、アーモンド、ヒマワリの種、松の実、クコの実等、、ナッツ類、植物の実や種子、根などには、抗酸化物質が豊富です。

▼旬の野菜

野菜や果物に含まれる抗酸化成分の量は季節変動があります。旬に最も豊富になることは言うまでもありません。

▼発酵食品

味噌汁、納豆、豆腐、漬け物、醤油など、伝統的な発酵食品は、強い抗酸化パワーを有します。

▼スパイス類

わさびや唐辛子、しょうがなどには強い抗酸化作用があります。

▼丸ごと

抗酸化物質はいつも捨ててしまうような皮に豊富に存在したりします。例えば、リンゴやなす、バナバなど。

活性酸素を増やす食べ方を避けましょう!
抗酸化力を高める食生活もさることながら、活性酸素を増やさない、ため込まない食べ方も大切です。

▼調理済加工食品は極力避ける

スーパーやコンビニのお惣菜や加工食品の食品添加物は、体内に吸収されると異物として認識され、解毒される過程で活性酸素が発生します。

また、加工食品やインスタント食品には油で揚げたものが多く、空気に触れたままにすると酸化して過酸化脂質になり、肝臓で解毒されるときに活性酸素が発生します。


▼大量の飲酒は避ける

お酒のアルコールを肝臓で分解される際に活性酸素が発生します。

サプリメントで補充するという方法も

抗酸化成分の特長は、チームで仕事をすること。つまり、単体で摂取しても、さほど、意味がありません。ですから、バランスよく食べることがとても大切ですが、抗酸化ビタミン、ミネラル、植物性成分を、適切に配合されたサプリメントを摂取することも方法です。

精子を守ることは自らの心身の健康を守ること

いかがでしょうか?食生活と精子の質には密接な関係があります。結局は、バランスのよい食生活を心がけるという結論になります。そして、水溶性の抗酸化物質は常に体内から排泄されますから、バランスのよい食生活も継続しなければ意味がありません。

つまりは、精子の健康は、すなわち、心身の健康ということになるわけです。

[文献]

※1)N.E.Skakkebaek?et?al.?British?Medical?Journal?305?P.609?1992
※2)T.Iwamoto?et?al.?Human?Reproduction?Vol.21?P.760?2006
※3)J.Mendiola?et?al.?Fertility?and?Sterility?Vol.91?P.812?2009
※4)J.Mendiola?et?al.?Fertility?and?Sterility?artilcle?in?press