名古屋の浅田レディースクリニック理事長の浅田義正先生と出産ジャーナリストの河合蘭さんの共著です。浅田先生は高度生殖医療、とりわけ、顕微授精の第一人者として有名な先生で、河合蘭さんは、あの、卵子の老化について世間に知らしめるようになったということから、衝撃的とまで言われた本、「卵子老化の真実」の著者です。
お二人は、この本をつくった動機について以下のように書かれています。
妊娠しにくいと感じているカップルにいちばん知ってほしい「本当に必要な知識」、それは、「命の始まりについての正しい知識」や「妊娠がうまくいかないときに利用できる最新の『科学的根拠に基づいた医療』にはどんなのがあるか」ということを伝えられる本を作ろうと思いました。(P.4)
「現代の」不妊治療の教科書
読み終えて真っ先に思ったのは、この本は「現代の不妊治療」の教科書だということです。
そういう意味で、今から不妊治療を受けようと考えているカップル、そして、現在、不妊治療を受けているカップルは、読んでおくべき本であると思います。
それほどに、不妊治療を取り巻く状況が変わっているのです。
私も、この本を読んで、改めて、思い知らされました。
なにがどのように変わったのでしょうか?
まずは、従来の不妊治療は「検査で不妊の理由を探し出して、それを補うような治療を行うこと」(P.19)でした。現代でも、そのような不妊治療は行われてはいますが、「不妊治療全体の中の一部」(P.19)になり、「現代の不妊治療は加齢と闘う医療になった」(P.20)ということです。
つまり、不妊治療に求められるものが大きく変わってきているというわけです。
もちろん、このことの背景には子どもを持とうとする女性の高齢化があります。
もう一つ。
不妊治療は「技術の進歩によって次々にめまぐるしく変化」(P.210)しているということ。
それらの大きな二つの変化によって、たとえば、従来、常識とされていたことが、現代ではそうではなくなっていたり、施設間の技術や情報をはじめとするいろいろな面の格差も広がりつつあるようにも見えます。
だからこそ、納得のいく治療を受けるためには、当然のことですが、最新の情報や情報のアップデイト、そして、「現代の不妊治療」を正しく理解することが必須だと思います。
これがこの本をお勧めしたい第一の理由です。
医師の目とジャーナリストの目で
この本の2つ目の特徴は医師とジャーナリストという立場を異にするお二人の共著なので、現代の不妊治療についての高度、かつ、深い内容が本当にわかりやすく読めるということです。
そもそも、最新の発生学や医学ですから、難しくて当たり前なのですが、それらが語りかけられるように書かれています。
たとえば、複雑なホルモンの働きやホルモンや薬が使われる理由が、おもしろいように理解でき、腑に落ちます。
また、それだけでなく、現代の医学でわかっていることとわかっていないこと、また、心配「すべきこと」と心配しても「仕方ないこと」までも、明確にしてくれています。
不確定要素の大きなところがある不妊治療では、自分の状況を正しく把握することは、不要なストレスの軽減にもなり、とても大切なことだと思います。
例えば、意を決して採卵に臨んだけれども、「変性卵」や「未熟卵」だった、やっぱり、自分の卵はダメなんだと落ち込んでいる女性たりから、これまで、私たちのところに数え切れないくらいの相談が寄せられています。
浅田先生は、「採れた卵子が変性卵だったと言われたら、患者さんはがっかりするかもしれません。でも、変性卵は若い人にもあり、年齢が高くなると増えるということもありません。こうしたものが混じるのは自然の摂理で、しかたがないことなのです。」(P.185)、また、「未塾卵についていえば、卵子の質が悪いわけではありません。体外受精の技術がまだ至らなくて、早く採卵しすぎてしまっているのです。未熟卵をまったくなくすことはできませんが、医師が採卵のタイミングをよく考えれば、減らすことはできるものです。」(P.185)と書かれています。
このような知識があれば、気持ちも次に進めるようになるに違いありません。
この「差」、すなわち、知らないままか、知っているかは、とても大きいように思います。
お二人と日頃から直接お話をさせていただく機会がある私の個人的な感想を述べると、浅田先生の、第一人者としての豊富な臨床経験と、河合さんの深い取材経験から得られた問題意識や視点、すなわち、どんな情報が伝わりにくいのか、どんなところが理解されづらいのかということを大切にされて書かれたのだと感じました。
それほどに、科学的な情報でありながら、心を打つ、もやっとしたものが払拭されるような感覚がありました。
自分にあった不妊治療を選ぶために
現代の不妊治療は「とても変化の早い最先端分野であり、まだ『これが正しい唯一の方法だ』と言えるものがない」(P.5)、また、「誰にでも良い魔法の治療はない」(P.239)と書かれています。
さらに、「日本は、高度生殖医療の実施件数は世界で第1位」である一方で、「1回の採卵あたりの出産率が世界で最低レベル」であり、「妊娠できない不妊治療が大量に行われている」(P.28-29)という、ショッキングな事実も明らかにされています。
そのことを河合さんは「英国では国の機関による適正な不妊治療の診療ガイドラインがあること、また、米国では国の事業として施設ごとの妊娠成績が公開されている」ことを引き合いに出され、なのに、日本では「国民が科学的な根拠のある医療を受けるための国の仕組みがあまりにも弱いことが関係していると思う」とあとがきに書かれています。
だからこそ、お二人は「最新の知識をもって、自分に合った不妊治療を選んでほしい、そして、大変な不妊治療は早く卒業してほしい」という願いを込めて、この本を書いたと締めくくられています。
今から不妊治療を受けようと考えているカップル、現在、不妊治療を受けているカップルは、「絶対」と、断言してもいいくらい読んでおくべき本だと思います。
(推薦者: 細川忠宏)