編集長コラム

細川 忠宏

不妊治療は何を治療する?

2004年06月05日

「妊娠を忘れたり、諦めれば妊娠する」とは良く言われます。
現に、そういう事はよくあることなのでしょう。
私たちもそんな事を何度も目の当たりにして驚きもしました。
それほどに、生殖システムというのは、メンタルな影響を強く受けるということなのですね。

ところが、現在進行形で、 妊娠を切望しているにもかかわらず、妊娠しないことに焦り、 ストレスを感じている人間に、「忘れろ」とか、「諦めろ」とかいうアドバイスほど、実行するのが難しいアドバイスはありません。

私たちは、これまでどれだけそんな、気休めにもならないアドバイスをしてきたことか、無神経というか、恥ずかくもあります。

実際のところはどうなんでしょう。

皆さんから多くのメールを頂いて思うことには、初めからストレスに感じていた訳ではなく、なにかのきっかけで妊娠への思いが急に強くなり、それがために、なかなか妊娠しないことにストレスを感じるようになった、そんなケースがとても多いのです。

そして、そのきっかけとしては、 友人の妊娠、出産ラッシュ等もありますが、圧倒的に多いのは、 不妊治療をステップアップしていく内に、というものです。

なぜなのでしょう。

それは、不妊治療というものへの間違った認識が、そうさせているように思えて仕方ありません。

誤解を恐れずに言いますと、不妊治療は、妊娠の確率を高めるもの、言い替えれば、 妊娠させやすくするものでは決してないのにもかかわらず、まるで不妊治療を受けることで、妊娠する確率が高まるような錯角に陥ってしまうのです。

不 妊治療は妊娠を妨げているものを取り除くのが治療の本質です。
そして、治療のスタートにあたって、不妊の原因が明確になっているケースは稀です。
ということは、不妊治療と言いながら、その実、何をしているのかと言いますと、一体、妊娠を妨げているのはなんなのか、犯人探しをしているのです。

そして、現実には、明確な不妊原因が判明し、それに対して治療を施すというケースは驚くほど少なく、最後まで原因が分からなかったけれどもなんとなく妊娠した、とういうのが圧倒的です。

医療を提供している側にも疑問を感じる場合があります。
自力で排卵しているにもかかわらず、なかなか妊娠しないからと言って排卵誘発剤を処方してみたり、フーナーテストが良好なのにもかかわらず、タイミング法でなかなか妊娠しないからと言って、人工授精を勧め、実際に繰り返してみたり、 といったよくあるケースです。

排卵を促す薬や注射はあっても、妊娠を促す薬や注射は存在しません。

精子を卵子の近くまで持っていって出合いやすくする治療や、受精や着床の介添えをする治療はあっても、妊娠させる治療は存在しません。いずれの薬、注射、治療は、 妊娠のための環境を整えているのに過ぎません。

その証拠にどんな治療が施されても、自然妊娠の妊娠率を超えることは決してないのです。

もちろん、不妊治療を受けるということは、労力もお金もかけている訳ですから、治療を受けた周期は妊娠への期待が高まるのは人情としては、当然と言えば、当然でしょう。

人間社会では、努力をしたり、お金をかければ、それなりに報われるものかも知れません。

ところが、不妊改善は努力が報われるとは限らないものです。
人間の妊娠率を見ると、 人間とはほとほと妊娠しにくい生き物のようです。

そして、この壁は人間の力では、今のところは突き崩せないようです。

決して、冷めた見方をしている訳ではありません。
ましてや、希望を打ち砕こうとしている訳でもありません。
ただただ、現実を正しく認識しましょうと言っているのです。

そして、それが、妊娠を妨げているものを排除する不妊治療が、新たな妊娠の障害を生み出す愚を避ける唯一の方法なのです。