最近の私たちのメルマガの記事は、体外受精を勧めているような感じがする、というメールを頂きました。
とても大切なことですので、そのメールと私たちの回答をご紹介させて頂くことにしました。
まずは、東京都のAさんからのメールです。
---(メール引用ここから)-------------------------------------------
(中略)
最近、メルマガが本来妊娠しやすいからだ作りなのに、
体外受精をすすめる?ような感じになっているように思うのですが。
体外受精はやはり本来するべき人がすべきであり、
ちょっと妊娠できないからといって、
金銭的に余裕があれば手っ取り早いという感覚があるようにも感じます。
周りにも、まだ30歳なのに、 すでに治療を受けている人がいます。
体外受精で生まれた子供には先天異常が増えると聞きます。
ところが、体外受精の成功率ばかりをあげているようで、
その後の調査というのがまだまだのように思えます。
メルマガにある調査結果も、 体外受精した人全員の調査結果ではないでしょうし、
隠している、もしくは報告していない人もあると思えますから、
どうもあてにならないような気がしてなりません。
これからどんどん障害児の数なんかが増えていくのではないかと、
友人も話しています。
また、母体にもなんらか影響がでるということもあるので恐ろしいです。
なんでもない人が不妊治療をうけることでどれだけ体にリスクを負うか、
もう一度考える必要があるように思えます。
医者は副作用があるとはいいませんよね・・・、
副作用があるといえば誰だってしないでしょう。
(中略)
---(メール引用ここまで)-------------------------------------------
Aさん、貴重なご意見を頂きありがとうございます。
以下に私たちの率直な考えをお話させて頂きます。
体外受精をすすめているわけではありません。
私たちは、決して、体外受精をすすめているわけではありません。
どんな治療を、どれくらいの回数受けるのかは、当事者であるお二人が、自分たちの価値観や考え方に基づいて決めるべきであると思っています。
そして、そのためには、客観的な情報が必要になります。
私たちが、このメルマガを通して伝えたいことは、メルマガの冒頭に書かせてもらっています。
それは、不妊に悩むカップルが、 悩みを克服するために、二人で話し合い、考えるうえでの道筋を整理したり、自分たちで答えを出すためのヒントになるような、そんな不妊に関する様々な情報を、出来る限り客観的な視点で提供することです。
体外受精をするべき人とは?
体外受精を受けるべきカップルというのは、どんなカップルなのでしょうか。
この辺りの"定義"を確認して、統一しておかないと、問題がややこしいままに、 ああでもない、こうでもないというお話になりかねません。
整理してみましょう。
まずは、治療の適応という観点から言えば、日本産科婦人科学会の会告「『体外受精・胚移植』に関する見解」では、「本法は、これ以外の医療行為によって、妊娠成立の見込みがないと判断されるものを対象とする。」としています。
気をつけなければならないのは、"これ以外の医療行為によって、妊娠成立の見込みがない"かどうか、この判断が病院や医師の間でも異なるということです。
分かりやすいのは、 例えば、両側の卵管がない、もしくは、閉塞していることが明らかな場合、このような、自然妊娠の可能性がゼロであるケースでは、判断が異なることはありません。
妊娠を望むのであれば、体外受精を受けるしかないからです。
ところが、そんな絶対的な不妊ではなく、 相対的な不妊の場合、要するに、何らかの原因があって、もしくは、原因が分からない、見つけられなくて、妊娠しづらくなっているようなケースで、自然妊娠の可能性が否定出来ない場合には判断が異なります。
このようなケースでは、極端に言えば、医師によって、判断が異なると言っても過言ではありません。
なぜ、そんな大切な判断が異なるのでしょう。
おそらく、それは、"1日も早く妊娠すること"に重きを置くのか、或いは、"体への負担やリスクを最小限に妊娠すること"に重きを置くのか、言い換えれば、"スピード"を最優先するのか、"安全性"を最優先するのかの違いではないでしょうか。
もちろん、不妊治療は、妊娠することが目的であるわけですから、例え、"安全性"を優先する場合でも、 母親になる女性の年齢によっては、スピードを優先せざるを得ない場合もありますが。
自分たちに"必要な治療"なのか、自分たちが"希望する治療"なのか
ところで、治療の適応というのは、不妊に悩むカップルにとって、妊娠するためには、 どんな治療が"必要なのか"ということですね。
そして、それは、どちらかと言うと、 医療提供者側からの観点でしょう。
治療を受ける側からの観点から言いますと、"必要性"だけで、納得出来ないこともあるかもしれません。
不妊というのは命にかかわる病気ではありませんからね。
自分たちには、どんな治療が必要なのかということとともに、妊娠のためは、どんな方法が、自分たちに"相応しい"のか、要するに、自分たちが、どんな方法を希望するのか、です。
そんな観点から、夫婦で、じっくりと話し合い、考えることが大切です。
そうすると、不妊治療は受けないという選択もあり得ます。
或いは、薬や注射は、極力、使いたくないという考えもあれば、一般の治療は受けても、体外受精のような高度な治療迄は受けたくない、
そんなカップルも多いでしょう。
逆に、多少の肉体的、経済的負担は覚悟の上で、1日も早く妊娠できるように、確率の最も高い方法を選択したいというカップルもいるかもしれません。
そして、最終的には、そんなカップルの希望が最優先されるべきです。
ただし、どんなカップルにとっても、自然に妊娠出来ることに越したことはないというのは共通の思いです。
ところが、それぞれの身体の状態や考え方、価値観を基に、いろいろ考えた結果、それぞれの選択に至る訳です。
ですから、いろいろ考える際に、 偏りのない情報を得ること、そして、ベネフィット(利益)とリスクを天秤にかけて判断すること、さらに、二人の価値観や幸福感、人生観をお互いに確認すること、この3つが、とても、とっても、大切です。
いかがでしょうか?
治療方法の選択というイメージを ある程度、つかむことが出来ましたでしょうか?
偏りのない情報を!
良いことも、悪きことも、偏りのない情報を得ることもさることながら、それらを、どのように受け止めるのが大切です。
同じ調査研究結果でも、 見方によって印象が随分と異なってくるものです。
例えば、11月1日に最新ニュースでご紹介した研究結果があります。
アメリカのコネチカット州の病院で実際された、36,062の妊娠を対象に排卵誘発剤や体外受精のリスクを調べた調査ですが、ロイターという報道機関は、「体外受精によってリスクが増大する」という見出しですが、マイアミヘラルドは、「不妊治療は子供へのリスクを引き起こさない」という見出しです。
記事をよく読めば、書いてあることは、ほとんど同じでも、見出しを見れば、記者の主観は全く正反対であることが分かります。
ですから、Aさんが指摘されているように、体外受精で生まれた子供には先天性の異常が増えるというのは事実ですが、その割合を、どう受け止めるか、人によって違うということです。
生殖医療専門誌「Human Reproduction」に掲載された論文では、
http://humrep.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/20/2/328
高度な生殖補助医療によって、先天性の障害が、自然妊娠に比べて40%増加すると報告されています。
この場合、自然妊娠の先天性障害の割合が3%とされていますから、1000人に30人の割合ですが、これが、高度な治療によって、1000人に42人になることになります。
先天性障害は母親になる女性の年齢が高いほどリスクが増大します。
高度な生殖医療を受ける女性は、 全体からみても、年齢が高いことから、リスクが増えるのは、 何も、体外受精のせいだけではないことは明らかではありますが、このリスク増大をどうみるかは、 それぞれ、人によって、異なるでしょう。
"1000人のうち、たった、12人しか増えない"とみるか、"1000人のうち、12人も増えた"とみるか、です。
そもそも、自然妊娠においても、いろいろなリスクは存在するわけですから、体外受精によって、その程度の増加であれば、許せるのか、
それとも、割合の大小ではなく、増えること自体が許せないのか、受け取り方が違うわけです。
ですから、リスクを伝える場合には、単に、増えた、減った、ということだけではなく、どんな条件のもとで、 どれくらい、増えたのか、
はたまた、減ったのかも合わせて確認しておくことが絶対に必要です。
そして、それをどう受けとめ、判断材料とするのかは、それぞれのカップルが決めることです。
リスク情報をどう受け止める?
ただし、理屈を言うのは、たやすいのですが、実際には、データを前にして、悩むのが普通です。
なぜなら、調査データとか、過去の実績とかいうのは、全て、全体の平均値を算出しているわけで、自分たちの見通しを語ってくれているわけではないからです。
例えば、手術の成功率が50%と言われても、自分は、成功する50%のグループに入るのか、失敗する50%のグループに入るのか、事前には、誰にも分かりません。
例え、80%の安全性と言われても、残りの20%にならないという保証はどこにもないわけです。
このように、数字というのものは、決して、安心材料になるとは限らないものです。
ですから、ここで、大切なのは、 リスクに対する"覚悟"を決められるか、要するに、"腹をくくれるか" です。
あっ、くれぐれも誤解のないようにお願いしたいのですが、"覚悟して、腹をくくる"というのは、どうなってもいいと諦めることではなく、起こって欲しくないことが起こってしまった時のことを、予め、想定しておいて、ベストな手を打っておく、ということです。
想定されるリスクとその割合を知ること、そして、そのリスクが現実になった場合には、講じる対策として、どんな方法があるのか、 予め、調べておくことです。
その上で、天秤にかけ、 進むか、引くか、どちらに傾くか、です。
単に、リスクが増えるからといって、いたずらに、そのことを煽ったり、反対に、根拠を示さずに、安全で心配ないことを強調するのも、どちらも信頼出来る態度ではないように思います。
きちんと説明をされる医師もたくさんおられますが・・・
医者は、副作用の説明をしない、というのも、 十羽一からげな見方でしょう。
技量があって、かつ、治療や副作用の内容をきちんと説明されて、同意のうえで、治療を勧められる、 そんな、信頼出来る医師もたくさんおられます。
ただ、確かに、説明がない、もしくは、不十分とあるという話しは、よく聞くところではあります。
私たちは、不妊治療に限らず、 高度な技術というのは、技術そのものよりも、その技術を使う側の使い方が最大のリスクであると思っています。
どんな素晴らしい技術でも、 使う側の技量や考え方に問題があれば、大変な問題を引き起こしてしまうことは、世の常です。
もしかしたら、不妊治療においても、医師の技量や経験、見識が最大のリスクとなっているのかもしれません。
どんな治療が必要なのかを、 最も正確に、教えてくれるのは、主治医であるべきですし、 決して、医者まかせにするわけではなくても、やはり、最終的には、ある部分は、 信頼しておまかせしなければならないものです。
ところが、悲しいかな、日本では、施設による経験や設備レベルのバラツキが大きいのにもかかわらず、施設毎の治療成績がイギリスやアメリカのように、公的機関によって公開されているわけではなく、病院選びや情報の収集においては、スタート地点で、既に、大きなハンディを抱えているのです。
これは、もう、残念ながら、と言うしかありません。
ですから、日本では、より患者側の"サバイバル感覚"が大切です。
自分で情報を収集し、勉強し、 内容の良し悪し、必要不必要を判断する眼を養わなければなりません。
そして、関係者とのコミュニケーション力、ある程度の行動力も求められるかもしれません。
ただ、このようなことは、まさに、さまざまなリスクが存在する人生を生き抜く上で、最も必要とされる能力を磨くことにもなることを忘れてはならないと思います。
いかがでしょうか?
皆さんのご意見もお聞かせ頂ければ幸いです。