編集長コラム

細川 忠宏

理不尽さを嘆くことなかれ

2006年06月04日

望んでも、なかなか授からない期間が長くなってくると、周囲の人たちの妊娠の声を耳にする度に、誰しも、さまざまなことを自問自答するようになるものです。

例えば、

なぜ、自分だけがこんな目に会わなければならないの?
なぜ、赤ちゃんを授かるまでの期間は人によって違うの?
過去の自分たちの行いのせい?
何かを怠ったから?
何かをしたから?

要するに、

なぜ、自分だけなのか、とにかく、その理不尽さを感じるとともに、なぜ、不妊の期間を長く経験することになったのか、とにかく、その理由を探すことになります。

そして、

我が子を虐待するなどという、最近では、珍しくなくなたニュースを耳にする度に、自分の感情との折り合いをつけるのは、一層、困難になってしまうものです。

いったい、誰か、明確な答えをもっているのでしょうか?

間違いなく言えることは、不妊の期間を長く経験することになった理由などないということです。

そもそも、人の人生など、理不尽なことだらけです。

持つ人と持たざる人があるように、ガンにかかる人とかからない人があるように、不妊の期間を経験することも、人生で経験するさまざまな出来事の1つに過ぎないようです。
ですから、理不尽さの理由や原因を追求しても、所詮は、さほど、 意味の無いことなのかも知れません。

それよりも、私たちは、この事態を素直に受け入れ、夫婦が気持ちと力を合わせて、なんとか、 うまくやっていくしかないようです。

もう1つ、間違いなく言えること。

それは、不妊の期間を経験していない人に比べて、親になることが当たり前なこととは、絶対に、思わないこと、授かることのありがたみを、誰よりも知っていることです。

そして、そのことによって、夫婦の結束がより強くなり、家族を持つことの意味をより理解するようになり、
人生をより奥深く経験することで、結局は、プラマイ、プラスになる、そんなふうに、考えられないでしょうか?

いや、きっと、その通りです。

なぜなら、不妊経験者のその後をみていると、そのように感じることが多いからです。