編集長コラム

細川 忠宏

現代の社会に適応したライフスタイルを構築する

2012年05月06日

この連休の前半はやすらぎの里に滞在してまいりました。東伊豆にある断食道場です。去年のお盆の初めての断食体験は滞在レポートに書きました。

今回の2回目の体験で、私が感じ、考えたことの一つを書いてみたいと思います。

昨年もそうだったのですが、断食中は歩きたくなります。もちろん、何も食べていないので、少々、しんどいのですが、歩き始めて体が温まってくると、シャキっと、元気になってくるのですね。

まるで、スイッチが入ったかのように、お腹が空いていることや断食中によくおこる頭痛のことなど、すっかり忘れてしまい、頭はスッキリ、体もとても楽になるのです。

そのことをやすらぎの里の大沢先生に話すと、すぐに使えるエネルギー源である炭水化物が枯渇し、代わりに緊急用に貯えていた脂肪をエネルギー源に変換して使うようになったサインだろうとのこと。

また、断食後の回復食では、玄米の3分粥とお豆腐のお味噌汁という超粗食なのにもかかわらず、食後は汗ばむほどに体から熱が発せられるのです。

こちらは、食べないことに対応して、体の吸収する力や代謝する力が高まったからだろうとのこと。断食の刺激で、体の働きの効率がよくなったわけで、体が状況に適応して倹約家になったということでしょうか。

つまりは、人間の体には、少々、食べなくてもやっていけるような精巧なメカニズムが備わっているということなんですね。

以前、「ヒトはなぜ病気になるのか」という本で、病気の根本的な原因の一つに"進化環境と現代環境とのミスマッチ"があるとして、ヒトのからだの進化がおこった(体のメカニズムが出来上がった)環境と現代の環境とがあまりにも異なるため、ヒトのからだがそれについていけないからだというのを読んで、とても納得したことがありました。

そもそも、人類の祖先が250万年前に、ヒトが20万年前に出現してこの方、農耕や牧畜を開始して定住生活を始めたのがおそよ1万年前、それまでは、ずーーーーーーーーと、サバンナで狩猟採取生活を営んできたわけです。

食という観点で言えば、口にするものは、主に野生(脂身のない)の肉や木の実、種子、ナッツ、根茎、球根などで、その上、狩りが上手くいかず、食事にありつけないことも、度々、だったのでしょう。そして、すぐにエネルギーに変換できる炭水化物や脂質などは、滅多にお目にかかれない超貴重な栄養素だったはずです。

そんな環境に、私たちの体のメカニズムは最適化されているのです。

一方、食べ物があり余るくらいあって、その気になれば、好きなものを好きなだけ食べられるようになったのは、250万年中、ほんのここ十数年くらいのことで、そんな環境には、全く適応していないというわけです。

こんなふうに自分の体の根源的なメカニズムについて実感できるのも断食体験の奥の深さです。

甘いものは「別腹」とか、お腹が一杯でも甘いものについつい手が伸びてしまうというのは、決して、"意志が弱い"わけでも、"からだは悪いものを欲する"わけでもなくて、"体のサバイバルしようというメカニズムが正常に働いている"だけなんですね。

サバンナ生活時代には超貴重な栄養素であった糖質や脂質は、ちょっとくらいお腹が一杯でもいくらでも食べられるようなメカニズムがサバイバル戦略上、必要とされていたのです。

ところが、サバンナ時代の生き残り戦略が、現代社会では生活習慣病の原因になってしまったのです。

ヒトは、食べ物がない状況への対応力は強いのですが、食べ物が溢れている状況への対応力は弱くできているようです。

何とも皮肉な状況を人類はつくってしまったというわけです。

この事は生殖能力にも根深い影響を及ぼしています。

5大栄養素で言うところのタンパク質や微量栄養素と糖質の摂取量のアンバランスや間違った摂り方は、インスリンという血糖値(血液中のブドウ糖濃度)を下げる唯一のホルモンの働きを混乱させてしまい、プチ高血糖やプチ低血糖状態を招き、たとえ、生活習慣病を引き起こすほどでなくても、ホルモンバランスなどの生殖をコントロールするさまざまなシステムにマイナスの影響を及ぼしています。

その結果、卵の成育を阻害したり、卵質を低下させたり、排卵しづらくさせたり、着床しづらくさせたり、そして、たとえ妊娠できても、流産しやすくさせたり、さまざまな合併症のリスクを高めたりしているのです。

もちろん、不妊検査は全て正常でも、です。

人間の生き残りのために備わった体のメカニズムが私たちの健康な生活や生殖活動にブレーキをかけていると言っても、決して、過言ではないとさえ、私は思います。

繰り返します。ヒトは、食べ物がない状況への対応力は強いのですが、食べ物が溢れている状況への対応力は弱くできているのです。

ちょと話しは脱線します。

最近、パティシエ(お菓子職人)にスポットがあてられることが、昔に比べて増えたように思いますし、スイーツのお店や小さなパン屋さんが、私の住んでいるところでも増えています。

食品産業という観点で言えば、人間はせいぜい食べて3食なわけですから、人口が増えない限り、国内市場の拡大は限界がありますが、甘いものは"別腹"ですから、スイーツやパンの市場は努力すれば伸ばせる余地があるわけで、その結果なのでしょう。

つまり、甘いものはお腹一杯でも食べられる、食べたいという、ヒトの根源的なニーズにを満たすビジネスですから伸びて当然なわけです。

ただし、一消費者、一生活者目線で言えば、要注意ですが・・・。

さて、本題に戻ります。

私たちの体に備わったメカニズムと現代社会の環境とのミスマッチは、現時点では、縮まるどころか、ますます、広がる気配に満ちています。

私たちはそのことを嘆きつつ、だまし、だまし、サバイバルしていくしかないのでしょうか。

つまり、ミスマッチは、新たに獲得したハイテクノロジーでそのギャップを埋める努力をするしかないのでしょうか。

私は、ハイテクは、あくまで、ツールであり、かつ、対症療法的であって、根本的な解決にはなり得ないと思います。

一方で、よくよく考えてみると、この現代社会は、私が言葉にするのも到底おこがましいのですが、先人の命をかけた闘いや努力によって、自分たちの子孫の幸福を願ってつくりあげたものであることは間違いありません。

つまり、一面で、自らの首を絞めかねない環境は、選択肢が豊富で、それらを自由に選ぶことが出来るようになったという、ヒトが"望んで"つくりあげてきた結果であるということです。

要は、マイナス面を補って余りある、幸福な環境なわけです。

であれば、嘆いていても始まりません。

私たちがなすべきことは、まずは、糖質や脂質が苦労なく口にできる環境は、決して、当たり前ではなく、先人が私たちのためにつくりあげてくれた大切な環境であることに感謝することでしょう。

そして、天文学的に長い歴史の中で培われ、備わった、私たちの体のメカニズムを変えることは不可能ですから、現代社会でサバイバルできるような生活術を構築するしかないと思うのです。

マイナス面をカバーするのは私たちの役割であり、使命だということです。

つまり、先人たちは物を増やすことについては大成功をおさめたわけですが、その増やした物をどう使い、どう利用すればいいのかについてのソフトは、私たちが確立すべきではということです。

私たちの体に備わったメカニズムを知り、このことについて、もっと、もっと、意識して、自覚的になるべきではないでしょうか。

栄養素という観点から言えば、糖質や甘いものを減らし、良質のタンパク質や微量栄養素を増やすことでしょう。

当然の成り行きでしょう、最近、糖質制限ダイエットについてはいろいろな書物が出ています。

また、食材という観点から言えば、加工度、精製度の低いものを選択することでしょう。

ただし、マニュアル的な理解や受け止め方では、当然、限界があります。

やり方的には、我慢したり、自らを縛ったりすることではなく、私たちの体が欲するものを素直に食べることだと思います。

本来、必要なものは、体が欲するはずだからです。

ところが、体には何かに依存してしまうというメカニズムがありますから、頭と体が現代の社会環境で麻痺している状態では不要なもの、間違ったものを欲してしまいます。

ですから、その対策として、定期的に、頭や体を現代社会の環境による麻痺から目覚めさせる必要があります。

たとえば、サバンナ時代のように空腹の中を歩いたり、大自然の中に身を置いたりして現代社会特有の環境を一時的に断ってしまうのです。

そうすれば、必ず、私たちの中の「ヒト」性が目覚めるはずです。野に生きる、「野生」と言ってもいいかもしれません。

断食体験も一つの有効な方法であることを実感しました。

断食後は、果物や野菜、玄米、そして、魚がとても美味しくなりますが、脂こいものや麺類は食べたいとは思わなくなります。

そして、自然な甘いもの、たとば、さつまいもやバナナなどの果物は美味しく感じても、人工的に甘いもの、たとえば、ケーキや添加物まみれのスナック菓子は欲しくなくなります。

こんなふうに、本当に美味しいと思えるもの、言い替えれば、人間の体のパフォーマンスが高まるものを、ふさわしい量をいただくことで、とても豊かな食生活を満喫することが出来ます。

決して、禁欲的なものでも、我慢することでもありません。

こんなふうに生活する人が増えることで、添加物まみれの加工食品のニーズが小さくなっていくと、売上も落ち、それによって、ニーズや売上に敏感な食品産業は粗悪な食品は製造しなくなることでしょう。

何が体に悪いとか、コンビニ食はダメだとか声をあげてみても空しいだけです。

単に、黙って買わなければいいだけの話しです。

現代社会においては、妊娠しづらいことを克服するために、食生活をはじめとする自分たちのライフスタイルについて考え、見直し、実践をすることは避けて通れないテーマです。

正解やマニュアルはないと思います。

不妊という、決して、嬉しくない経験をすることが、歴史上、最も選択肢が多く、自由度の高い、現代日本において、自分たちのライフスタイルについて考える機会を持てるだけでも、とても幸運な経験だと言えるのかもしれません。

この機会に、お二人にとって最適で、現代社会に適応したライフスタイルを、たくさんある選択肢の中から選び、そして、構築されることを願ってやみません。