編集長コラム

細川 忠宏

身体合わせよりも心合わせ

2012年07月01日

最近、アメリカ生殖医学会誌にストレスの影響についての研究報告が立て続けに発表されました。

一つは、女性の日常のストレスと自然妊娠との関係を、もう一つは、ストレスと体外受精の治療成績との関係を、それぞれ、調べたもので、とても興味深い内容です。

子づくりをはじめた339組のカップルの女性のストレスレベルを唾液中のマーカーとアンケートで測定し、妊娠に至るまでの期間との関係を調べたところ、女性のメンタルの健康状態は妊娠することにそれほど影響しなかったとのこと。

もちろん、年齢や喫煙習慣などの影響を取り除いたうえでのことです。

一方、はじめて体外受精を受ける202名の女性の治療前、治療開始後4ヶ月、10ヶ月、18ヶ月後のストレスレベルと治療成績の関係を調べたところ、ストレスが治療成績に大きな影響を及ぼすことはなかったものの、治療の不成功はメンタルな健康を悪化させ、専門医による治療を必要とするうつ病の女性も増えたというのです。

不妊治療は思っていた以上に長引くことが珍しくありません。

これらの研究結果は、ストレスが妊娠しづらくさせることを心配しがちですが、それよりもというか、その前に、不妊治療を続ける中で、いかにメンタルの健康を守り、維持するのか、自分たちなりの対策に心を砕くことが大切であることを教えてくれています。


光文社新書の「『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』〜男45歳、不妊治療はじめました」という新刊書を読みました。

小説家のヒキタクニオさんがご自身の男性不妊が発覚してからの5年弱の不妊治療経験を綴ったドキュメントです。

男性不妊と診断された男性が不妊治療経験を語ることは滅多になく、とても新鮮な印象を受けたこと、そして、さすがにプロの小説家による読ませる文章であることも手伝って、引き込まれるように一気に読んでしまいました。

不妊治療を検討されている方、現在、治療を受けている方、特に、男性にお勧めしたいのですが、なによりも、ここにはストレスに押しつぶされずに、自分たちらしく不妊治療を続けるためのヒントがちりばめられているように思います。

いくつか印象に残ったところをご紹介します。

まずは、不妊治療というものを、自分で理解し直し、定義し直すということ。

そもそも、不妊治療という言葉そのものが、実際とかけ離れてしまっています。そこで、こんなふうに書いています。

『「不妊治療」という言葉は、厳めしいなあ、と私も思います。やってみると、不妊の原因を探って悪い部分を取り除いて、、、のような治療はそれほどない場合も多くて、妊娠(受精)をするためのお手伝いをするってところが大部分でしょう。どうにも不妊治療という言葉によって敷居が上がっている感じがしますねえ。』

そして、『「懐妊」って言葉はいい響きです』として、不妊治療を『懐妊トレーニング』や『受精行動』と呼んだり、人工授精は試験管ベイビーを連想させる間違ったネーミングなため、人工授精のことを「種付け」と呼んだりしています。

要は、不妊治療という全てが初めての経験で抱いた素朴な疑問や違和感を、実際の経験に忠実に解釈し直すことで、払拭するのです。

また、不妊治療という、プライベート中のプライベートな夫婦の営みに医療は介在するという、『まるでちがう新しい世界に踏み込んだような気分』になるため、『だからこそ、慣れるしかない。友人知人に面白おかしく話しまくって、耐性を付けるしかない。いらない羞恥心は、はるか遠くに蹴り出してしまうしかない』として、不妊治療を受けていることを公言しています。

男性不妊と診断された自分のことを「駄目金玉」と揶揄することで、かえって、気持ちが楽になったといいます。

最後に、「身体合わせ、心合わせ」。

『身体を合わせて子どもを作ることに失敗したのであるが、だからこそ、気持ちを合わせて子どもを作る行為をおこなわなければならない、と思う』と言います。

そして、『心を合わすことなければ、不妊治療など続かない。心合わせていなければ、人工授精は、肉質をよくするために交配させられる牛や豚の種付けと同じになってしまう』とも。

さらに、『身体合わせよりも心合わせ「配られたカードで勝負するしかねえんだ」という気分で不妊治療をおこなうのである。心を合わせていかなきゃやってられない』と。


「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」男45歳・不妊治療はじめました
  ヒキタクニオ著(光文社新書)

序章 本当に子どもが欲しいのかねえ?
第1章 まずはカレンダーに○印を付けるのである
第2章 不妊治療と呼ぶな受精行動と呼べ
第3章 身体合わせ、心合わせ
第4章 いろんなことを乗り越えて、我々は再出発する
第5章 顕微授精、料金は四五万円なり
第6章 ドキドキしながら胎児を育てる日々が続く
第7章 いよいよ最終局面へ