Q&Aをはじめとして、読者の皆さんからさまざまなご相談やご質問のメールをいただきますが、そもそも、出発点で誤解や思い込みがあるため、不要な心配や悩みを抱えてしまっていることがよくあります。
要するに、「ボタンの掛け違え」です。
そこで、これまでのご相談で実際によくあった「誤解」や「思い込み」を取り上げてみます。
[×]精液検査は、いつ、どこで、どのように射精しても結果は変わらない
[○]精液検査は「射精の完成度」に大きく影響を受けます。
男性の検査は、ほぼ精液検査だけであり、かつ、結果が数字で知らされるので、とても強いインパクトがあります。
数が少なければ「乏精子法」、運動率が低ければ「精子無力症」、正常な形態の精子が少なければ「奇形精子症」と、その診断名も相当に強烈です。ひとたび、男性不妊と診断されると、その後の治療方針だけでなく、精神面にも強い影響を及ぼします。
ところが、この精液検査、そのまま受け止めてしまうと、ボタンを掛け違えてしまいかねません。
なぜなら、検査結果はその時々で変動が大きいからです。
知っておかなければならないのは、検査を受ける、つまり、射精する時間や場所に影響を受けてしまうということです。
男性不妊の専門家で獨協医科大学越谷病院泌尿器科教授の岡田弘先生は「射精の完成度」について、以下のようにおっしゃいます。
『この精液検査結果を解釈するのにとても大事な点があります。それは、採取時間と検査時間です。精液検査の結果は、射精の完成度に大きく影響を受けます。射精がうまく出来ていないときは、精子濃度や精子運動率は低くなります。同じ人でも、射精がうまく出来ていると、精液検査結果は良好になります。
それでは、どのようなことが射精の完成度に影響するのでしょうか?
射精をする環境が最も大きな影響を持っています。具体的には、射精する時間と場所です。会社(仕事)に出かける前や、大きなストレスのかかる状態(大事な会議の前など)では、うまく射精できません。自宅で奥様の隣で射精(マスターベーション)するのも、かなり射精しにくい環境といえます。家よりも、クリニックのプライバシーの保たれた採精室の方が落ち着いて射精できる人が多いのです。』
いかがでしょうか?もしも、精液検査の日時を出勤前などに指定されれば、週末などに変更してもらったり、自宅での採取も避けたほうがいいかもしれません。
もしも、射精の完成度が低かった精液検査の結果だけで顕微授精を選択すれば、不要な治療を受けてしまうことになりかねません。
精液検査の結果には射精する時間や場所などの環境が大きく影響を及ぼします。しっかり、射精できる環境で検査を受けるべきです。
[×]40代になれば体外受精でしか妊娠できない
[○]40代になっても自然妊娠や人工授精で妊娠できる
女性の年齢が高くなればなるほど妊娠しづらくなります。卵子も一緒に年をとっていくからです。
そして、卵子の老化を逆転させる手だては現在のところ存在しません。
そのため、妊娠しづらくなる年齢に達する前に子づくりを終えるような計画を立てることでしかこの問題を回避出来ません。
一方、不妊治療の治療方法において、1回(周期)あたりの治療成績は体外受精が最も高くなります。
そのことをもって、女性の年齢が高くなれば、なるほど、不妊治療を受けなければ、その中でも体外受精でなければ妊娠できないかのように思い込んでしまっていることが少なくないように思います。
ところが、そのようなことは決してありません。
実際に東京都世田谷区の梅ヶ丘産婦人科の40歳以上の妊娠方法はタイミング法が30%、人工授精が21%、そして、体外受精や顕微授精が49%と、ほぼ、半々です。そして、この傾向は41歳以上でも、ほとんど変わらず、自然妊娠が約30%、人工授精が約20%、そして、約50%が体外受精や顕微授精によるものとのことです。
そもそも、体外受精は卵管障害、顕微授精は重度の男性不妊や受精障害に対する治療法であって、卵子の老化を治療できるわけではありませんので、卵管や男性側に問題がなければ体外受精や顕微授精でしか妊娠できなくなるわけではありません。
むしろ、40代でも43歳、44歳と年齢が高くなるほど、体外受精と自然妊娠の妊娠率は同じレベルになっていきます。
女性の年齢が高くなれば、なるほど、妊娠の成立を左右するのは妊娠できる卵に出会えるかどうかが一番の因子になるからだと考えられます。
そして、悩ましいことに老化した卵子を妊娠できる卵にすることも、妊娠できる卵だけを採卵することも、叶わないのです。
いい卵に出会えるかどうかは、人と人との巡り会いと同じように「運」です。
たとえ、自然周期でも、決して、いい卵が選ばれているわけではなく、ランダム、です。
ですから、高齢での体外受精では、たくさんの卵を採卵できれば、当然、いい卵に出会える確率が高まるというメリットが得ることが出来るわけです。
もしも、40代になれば体外受精でしか妊娠できないという思い込みから、体外受精でしか妊娠を目指さなくなっているのであれば、それは妊娠の機会を大きく損失しているということになります。
[×]10%の妊娠率であれば10回受けると妊娠できる
[○]10%の妊娠率であれば10回の累積妊娠率は63%である
1回の妊娠率が10%の治療であれば、だいたい、10回くらい繰り返せば妊娠できるかのような印象を持ってしまっていないでしょうか?
ところが、累積妊娠率を計算してみればすぐにわかります。妊娠率が10%であれば、6周期の累積妊娠率は46%、10周期では63%、12周期でも78%なのです。
ですから、治療回数を検討する場合は1回あたりの妊娠率だけでなく、累積の妊娠率も参考にすべきです。
でないと、過大な期待を抱いてしまうことになりかねません。
また、同じ妊娠率でも、分母を何で計算しているかによって確率がずいぶん違ってきますので、要注意です。
たとえば、体外受精の妊娠率を算出する場合、「1回の治療周期あたり」なのか、「1回の採卵あたり」なのか、それとも、「1回の移植あたり」なのかによっても大きく違ってきます。
治療を受ける側の心づもりのための治療成績という観点で言えば、やはり、1回の治療でどれくらいの確率で赤ちゃんを授かることが出来るのかを知りたいところでしょう。
であれば、必要なのは1回の治療周期あたりの出産率ということになります。
これは1クールの調節卵巣刺激を受けて、採卵し、得られた胚を新鮮胚と凍結融解胚移植まで含めてどれくらいの確率で赤ちゃんを授かることが出来るかというものです。
反対に「1回の移植あたり」の妊娠率しか参考にしなかったらどうでしょう。
治療をはじめたけれども、採卵できなかったとか、採卵したけれども移植できる胚が得られなかったというケースはカウントされないのです。
また、妊娠判定は出たものの、その後、流産してしまったケースも範疇にありません。
このようなケースは高齢になるほど発生する頻度が高くなります。
要するに、妊娠率も算出方法次第では、治療を受ける側にとっては、さほど、意味のない確率なわけです。
正しく認識するためには、いいことも、悪い(知りたくない)ことも、全部みなければなりません。
[×]妊娠にいいもの(食材や成分)と悪いもの(食材や成分)がある
[○]身体にいいものでもそればかり摂るのはかえって悪い
ネット上には、妊娠するためには、これがいいとか、あれが悪いという情報が氾濫しています。
特に、食べ物のことが多いです。
つい、最近も大豆食品は悪いのですか?というメールが一杯送られてきました。
よくよく聞いてみると「「妊活中は避けるべき」意外な食べ物5つにされていたとのこと。
知らず知らずのうちに不妊を招くというのです。
驚きました。
日本人は昔から、みそや豆腐、納豆など、大豆食品を食べてきました。もしも、これが不妊を招くのであれば日本人はとっくに絶滅していたことでしょう。
また、これを食べれば、これを飲めば、卵がよく育つとか、子宮内膜がよくなるとか、言いたい放題です。
新しい命が成育するのに必要なのは空気と水、5大栄養素です。それ以外はあっても、なくても、どっちでも構いません。
反対に特定のものばかりを摂り入れたり、特殊なものを摂ったりするのはリスクを引き起こすことはあっても、それで妊娠しやすくなることはあり得ません。
何を食べ、何を飲むのか、それぞれの考えがあり、評価したり、否定したりするつもりも、その資格もありません。
ただし、特定のものを信じた結果、かえって、バランスが悪くなったり、本当に必要で大切なものをおろそかにしてしまうようになれば、これは順番が違うと言わざるを得ません。
いずれにしても、いいものと悪いものに分けて論じるのは、わかりやすく、受け入れられやすいものですが、もしも、妊娠にいいもの、不妊に効くもの、妊娠しやすくなるものを求める旅に出掛けると、かえって、混乱し、不安が大きくなり、ますます、あきらめが悪くなり、無駄な労力とお金をつかったわりには、得られたのは、「結局、そんなものはなかった」という教訓だけということになってしまいかねません。
方法論や商材(物)、有名な人や偉いと言われている人を信じるよりも、自分を信じることのほうが、よほど大切なことのように思えてなりません。