編集長コラム

細川 忠宏

リラックス貯金をつみたてよう!

2015年08月06日

体外受精や顕微授精を受けているカップルへの心理療法はストレスをやわらげ、妊娠率を改善するのに効果的であるという最新の研究結果が、デンマークのオーフス大学の研究グループによって発表されました。

この研究はシステマティックレビューとメタアナリシスという「最も信頼性が高い」とされている手法で行われています。因みにシステマティックレビューとメタアナリシスというのは、これまでの複数の信頼できる論文を集め、それらの結果を統計学の方法でまとめるというものです。

要するに、「心のケア」は治療成績にプラスの影響を及ぼすことが、信頼性の高い研究によって確かめられたというわけです。

もしかしたら、そんなことわかっていたと思う方もいるかもしれませんが、この、「信頼性の高い研究」で確かめられたことに意味があるわけです。

そもそも、不妊治療にはストレスがつきものであるというのは、誰もが認めるところですが、その割には、不妊治療を受けるカップルが適切な「心のケア」に取り組める環境が整っているとは、到底、言い難い状況です。

それは、おそらく、ストレスが伴うことは認めるけれども、そのことで治療成績が悪くなるとは、それほどには思っていない、あるいは、「心のケア」で妊娠率がよくなるとも、それほどには思っていない、さらには、「心のケア」は大切だけども、どうすればいいのかがよくわからないというところではないでしょうか、あくまで、私の個人的な意見ですが。

なので、今回のような信頼性の高い研究結果が発表されたことによってその辺りの認識が徐々にあらたまり、「心のケア」体制が整うようになることを期待したいと思います。

ただ、現在進行形で治療を受けていらっしゃる、このメルマガを読んでいただいている方々にとっては、それまで待っているわけにはいきませんので、どのように「心のケア」に取り組むのがいいのか、私たちのこれまでの経験から思うところをまとめてみたいと思います。


━ どのように「心のケア」に取り組めばいいのか

まず、デンマークの論文では「認知行動療法」が効果的であると書かれています。ところが、「認知行動療法」なんて一般的ではありませんし、よくわかりません。また、近くのクリニックで気軽に受けられるような状況にもありません。

たとえ、ちょっと頑張れば受けられたとしても、不妊治療で通院するだけでも、時間的、経済的な負担を強いられている中では、「ちょっと頑張る」のも難しいものがあります。

それだけでなく、現実に可能な「心をケアする方法」として、ヨガや気功、鍼灸などがありますが、治療と並行して、それらのクラスや教室、治療院に通うのも、なかなか、簡単なことではないでしょう。

どんな方法を選択するにしても、「心のケア」、すなわち、「不妊治療で受けるストレスの影響を緩和し、妊娠に有利な心の状態を維持すること」について、正しく知っておくことが大切だと思います。

そのことをわかりやすく教えてくれる本があります。

早稲田大学教授で心療内科医の熊野宏昭先生が書かれた「ストレスに負けない生活 ー心・身体・脳のセルフケア」です。

この本に教えてもらったのは次のようなことです。

まず、「ストレスに負けない」ようにするには、「ストレスをなくす」ことでも、「ストレスから逃げる」ことでも、「ストレスを発散する」ことでもなく、「ストレスに影響されない、もしくは、影響されてもすぐに元に回復するような、そんな心の状態をつくること」が大切であるということです。

そして、そのような心の状態をリラクセーション状態といい、それは「誰かに」つくってもらうのではなく、「自分で」つくること、もっと言えば、「自分で」しかつくれないということです。

もう一つ、その方法はそれほど難しくないこと、ポイントは「毎日続ける」ということです。

順番に説明していきます。


━ 心の「リラクセーション状態」をつくること

ストレスに負けないようにするめには、ストレスに強い心の状態、すなわち、「心をリラックスした状態」にするということになります。

ただ、ここで確認しておかなければならないのは「リラックス」した状態の定義です。世間では、「リラックス」と言えば、のんびりするとか、なにもしないとか、気分を転換するとか、そんなことを連想すると思います。

ところが、「リラックスした状態」とは、ただゆったりとした心身の状態を指すのでは、決して、ありません。誰しも経験があると思いますが、いくらのんびりしても、たっぷり寝ても、ストレスが解消されるわけではありません。それは、「リラックス」、イコール、のんびりする、なにもしない、寝るということではないからです。

そうではなく、「リラックスした状態を作り出すための正しい方法」によって生み出され、作り出される特有で特徴的な状態なのだそうです!

この状態は、決して、抽象的、気分的なものではなく、脳科学では、生理的、物理的に明確に定義されていて、極めて科学的です。

その状態になれば、ストレスがかかってもそれほど影響を受けにくくなり、影響を受けてもすぐに元の状態に戻ることができるようになるというわけで
す。

━ 心の「リラクセーション状態」をつくる方法

それでは、「リラックスした状態を作り出すための正しい方法」とは、どんな方法なのでしょう。

いろいろな方法があります。指導者から習う必要のあるものもあるようですが、誰でもできる簡単なものも多くあります。

たとえば、呼吸法などが代表的なものですが、とても簡単な、手をグーパーさせる方法があります。

息を吸いながらいっぱいに拳を広げて2、3秒止め、次にゆっくりと息を吐きながら力を抜いて手を握る、これを4、5回繰り返すと緊張している状態
が和らいでいきます。

また、眼球運動も手軽です。

目を左右に数十回動かして、ぱっと止めます。すると目の周りの筋肉が緩んで、とても深いリラックス状態を引き起こします。そして、眼を動かすのは
脳なので、眼球運動自体が脳の活動と関係していて、脳のリラクセーション反応を引き起こします。

次に最もお勧めしたい「呼吸の数を数える方法」を熊野先生の著書からそのまま抜粋します。

横になるか、イスに楽な姿勢で腰かけます。

身体の力を十分に抜き、姿勢に偏りがないようにしてから、ゆったりとした複式呼吸をしてください。

そして、「吸って、吐いて」で一、「吸って、吐いて」で二・・・というように、十まで数えていきます。

途中でいくつまで数えたか分からなくなったら、静かにまた一に戻って数え直しましょう。このとき、数えることに一生懸命になりすぎないように注意してください。

規則正しく呼吸する必要はありません。ゆったりとした呼吸で、長ければ長いなりに、短ければ短いなりに、要は、「吸って、吐いて」で一、「吸って、吐いて」で二と、数えればいいのです。

必ず、気持ちがいろいろな方向に逸れて、今、気になっているようなことが浮かんでくるはずです。

そうすると、不思議なくらい、いくつまで数えたのか、分からなくなってしまいます。

そうなると、また、一に戻るのです。

そして、「吸って、吐いて」で一、「吸って、吐いて」で二・・・というのを繰り返すようにします。

これを、1回あたり、5分から10分、1日に、1~2回行います。

いかがでしょうか?

とても簡単ですよね。

━ 「リラックス貯金」をつみたてる

これらの方法は、すべて、誰でも、いつでも、どこでもできるものです。

ただ、大切なことは、「毎日やる」ということ、これに尽きます。

なぜなら、「リラックス状態」は貯めることができるからです。

そして、貯めれば、貯めるほど、「リラックス状態」が強化され、ストレスに強い心が養われていくのです。

不妊治療によるストレスはたまると、知らず知らずのうちに心身を緊張状態に陥れます。

それが、身体の機能を調節する働きを微妙に狂わせ、生殖器官の働きに影響を及ぼすと考えられます。

これは、ストレスが引き起こす全ての異常に共通のメカニズムです。

その一方、リラクセーションもたまるのです。

ストレスが慢性化し、その影響も慢性化すれば、するほど、一時的なリラクセーションでは歯が立たなくなります。

そのため、リラクセーションを、毎日、継続的に続けるのです。そのことでリラックス状態を強化し、体質を変え、ストレスによる慢性的な心身の緊張
状態を緩めるのです。

そして、身体調節機能を正常化し、生殖器官の働きを本来のレベルに回復させるのです。

身体には、必ず、元に戻ろうとする力が備わっています。

リラクセーションが、それをサポートするのです。

とにかく、リラクセーション法を、たとえ、1日に10分でも十分です、とにかく、毎日、続けることが大切なのです。

それによって、これまでの慢性的なストレスによる借金を返済し、リラックス貯金をつみたてるようになれば、ストレスに強い体質が強化されるようになるのです。

毎日やる、そして、採卵の前、胚移植の前にやると、いい状態で治療を受けられるようになります。そして、治療や検査の結果を聞く前、妊娠判定の前
にもやることで、期待しない結果でも心の乱れが最小限になります。

これが、リプロダクションクリニック大阪院長の松林先生がおっしゃるところの「ニュートラルな状態」なのでしょう。

「リラックス貯金」をつみたてましょう!