編集長コラム

細川 忠宏

当たり前なことにこそ

2016年02月08日

マスコミ報道で環境ホルモンについてのセンセーショナルな報道をみかけなくなって久しくなります。ただ、環境省のサイトをみてみると、環境ホルモンの問題がなくなったわけではなく、もっと落ち着いてというか、科学的にと言うべきか、専門家の間では、どんな物質がどのくらいの量でヒトや動物にどのような作用を及ぼすのか、研究が続けられているようです。

そもそも、環境ホルモンとは、ビスフェノールAやノニルフェノールやオクチルフェノール、そして、DDTなど、環境中に存在し、生物に対してホルモンのような影響を及ぼすもので、体内のホルモンの合成を邪魔したり、ホルモンの本来の作用を弱めたり、強めたりして悪さを働きます。

ホルモンの作用が混乱させられるというこで、生殖機能への影響が最も懸念されてきました。当然、不妊症の原因にもなっているのかもしれないということで、アメリカのハーバード大学を中心に研究が続けられています。

不妊症との関係に限らず、環境ホルモンの影響については、白黒をつけることが難しいのですが、最新の研究報告から、改めて、偏りのない食生活を心がけることが大切であることを痛感させられました。

ビスフェノールAと妊娠力の関係に大豆が介在

ビスフェノールAはポリカーボネートの原料に使用されていて、ポリカーボネート製の哺乳瓶や食器や容器などから飲食物に溶けだすとして問題視されている化学物質です。

ハーバード大学では大学病院で体外受精を受けている女性を対象に継続した研究を実施しています。

2012年には174名を対象に(1)、2013年には209名を対象に(2)、尿中のビスフェノールA値と治療成績との関係を調べたところ、ビスフェノールA値が高い女性ほど、胞状卵胞数(AFC) や採卵数が少なかったとの報告がなされています。

要するにビスフェノールA値が高いと卵巣の反応が悪かったというものです。

2015年に発表された研究(3)では被験者を256名に増やし、ビスフェノールA値と375周期の妊娠率や生産(出産)率との関係まで踏み込んで調べました。

その結果は、予想に反してビスフェノールAと妊娠率、生産率は関連しなかったというものでした。

仮説通りにならなかったことで、ハーバード大学の研究者らは「なにか」がビスフェノールAのマイナスの影響を緩和しているのかもしれないと考え、過去の研究を調査したところ、ネズミを使った実験で、餌に大豆を混ぜたネズミはビスフェノールAが高くても妊娠率が低下せず、餌に大豆を混ぜなかったネズミではビスフェノールAが高いほど妊娠率が低下したことを知り、このことがヒトにもあてはまるのではないかとの仮説を立て、臨床試験を実施しました。

体外受精に臨む239名の女性に過去3ヶ月間の大豆食品の摂取量を調べ、尿中のBPA濃度を測定し、大豆食品の摂取が尿中BPA濃度と347周期の治療成績との関係にどのように影響を及ぼすのかを解析しました(4)。

その結果はまさに仮説通りでした。

大豆食品を食べていなかった女性では尿中BPAの濃度が高くなるほど治療成績が低くなるという傾向があった一方で、大豆食品を食べている女性では低くな
らなかったというのです!

DDTと妊娠力の関係にもビタミンB群が介在

環境ホルモンが生殖能力に対するマイナスの影響を食品成分が緩和していると考えられる研究結果はこれまでにも報告されています(5)。

環境ホルモンはDDTで、かつて、殺虫剤や農薬に使われていた有機塩素系の合成化学物質で、現在、日本国内では製造や使用が禁止されていますが、分解されにくく、長期間に渡って土壌や水に残留し、食物連鎖を通じて人間の体内に取り込まれ、生殖機能の低下や発がん性をはじめ、健康にさまざまな悪影響を及ぼすと考えられています。

上海交通大学医学院の研究で、新婚女性291名を対象に、血中のビタミンB6やビタミンB12、葉酸濃度、DDT濃度を測定して、ビタミンB群が不足しているグループと充足しているグループに、血中のDDT濃度が高いフループと低いグループに分け、その後、2年間の妊娠率や初期流産率との関係を調べています。

その結果、ビタミンB群が充足している女性の妊娠率はDDTの濃度に関係しませんでしたが、ビタミンB群が不足しているとDDT濃度が高い女性は低い女性に比べて妊娠率が56%も低かったというのです。

また、DDT濃度が高い女性は流産のリスクが高い傾向がありましたが、葉酸の濃度が高くなるごとに流産率は45%低いことがわかったとのこと。

妊娠、出産をベースで支える「食」

食事をすることで摂取する栄養素でエネルギーをつくり、体を構成する材料にしています。

そして、妊娠、出産に際しては、新しい命が発育するためのエネルギーをつくり、新しい命の材料になります。

環境ホルモンの生殖機能への影響についての一連の研究報告に接して、改めて、食べることが妊娠、出産をベースのところで支えてくれているのだということを感じました。

ビスフェノールAの妊娠率低下を大豆が緩和していることを臨床試験で確かめたのは、翻訳書「妊娠しやすい食生活」の原著者で、ハーバード大学準教授のチャバロ先生で、先生の研究チームは以前から大豆食品や大豆イソフラボンの生殖機能への影響に注目し、さまざまな臨床試験を実施してきました。

先生は、「偏りなく、なんでも健康的に食べること」が一番大切なことだとして、大豆食品も通常の食事で食べることが大切だと言います。ただし、大豆イソフラボンをサプリメントで摂るのはリスクがあるのでお勧めしない、大豆食品をよく食べている日本人は尚更のことだとも指摘されました。

・文献
1)Human Reproduction 2012; 27: 3583
2)Reprod Toxicol 2013; 42: 224
3)Human Reproduction 2015; 30: 2120
4)J Clin Endocrinol Metab 2016 Online First
5)Am J Nutrition 2014; 100: 1470