編集長コラム

細川 忠宏

健全な老化と不自然な老化

2016年03月07日

アメリカ生殖医学会誌の最新号では「染色体に異常のない(正常な)胚盤胞を移植しても妊娠、出産に至らない原因を考える」という特集が組まれています。

パート1の今月は成育環境、すなわち、卵子や精子、胚を悪くするもの、そして、パート2の来月は子宮内膜(母体側)の受け入れ能力、すなわち、胚の着床を障害するものがテーマになっています。

なるほど、染色体に異常のない胚盤胞が得られれば、胚を悪くしないようにすること、胚が子宮に着床することを妨げないようにすることがポイントになるのだなということがわかります。

要するに、染色体の異常は防ぎようも、治しようもなく、どうしようもないので、私たちに出来ることとして、成育する環境と着床する環境を整えておくことが妊娠の確率を少しでも高くするために取り組むべきテーマだということですね。

そこで、今月の特集記事から、成育環境を整えること、中でも、「卵子や精子、胚を悪くしないために自分たちに出来ること」にスポットをあててみたいと思います。

女性が年をとること、すなわち、老化現象、そして、女性や男性の体内の悪い環境は、卵子や精子、胚に備わった「生きようとする力」を弱めます。

そのことは完全に防いだり、逆転させることはできないにしても、少しでも妊娠に近づくために、どのように考え、取り組めばいいのかということです。

最も大きい加齢の影響

女性が年をとることによって、卵巣内の卵子の総数が少なくなり、個々の卵子が老化します。その結果、妊娠できるだけの力を備えた卵子が排卵したり、採卵できる頻度が少なくなり、妊娠率が低下します。

筆者らは、卵子の細胞質でエネルギーをつくっているミトコンドリアの数や活力が低下し、エネルギーの産生効率が落ちることが関与しているのではないかとして、そのエビデンスを紹介しています。

それに対して、ミトコンドリアでエネルギーをつくる最終段階に関わっている補酵素であるコエンザイムQ10に着目しています。老齢マウスを使った研究では、コエンザイムQ10の投与によって卵細胞のミトコンドリア活性の上昇、採卵数や妊娠率、出産率の改善が確かめられているとのこと。また、卵巣機能が低下した高齢女性に体外受精前の2ヶ月間、コエンザイムQ10を1日に600mg飲んでもらったところ、偽薬を飲んでもらったグループの女性に比べて染色体異常の胚の割合が低かった、ただし、統計学的に有意な差ではなかったということです。

また、加齢による影響として、男性ホルモンや女性ホルモンの前段階のホルモンであるDHEAの分泌量が低下し、それに伴い男性ホルモンレベルが適切な範囲にないことから卵の成熟障害に関与している可能性を指摘しています。

卵巣機能が低下した高齢の女性患者がDHEA1日に75mgを2〜3ヶ月摂取し、体外受精に臨んだところ、それまでに比べて採卵数や良好胚数の増加、妊娠率の向上が認められているとのこと。

3つ目は、年齢が高くなることで活性酸素の発生量が増え、反対に抗酸化物質の量が減ることで、酸化ストレスの増大が卵子や精子、胚の成育障害に関与するというものです。

酸化ストレス対策は後述する生活習慣の改善と抗酸化物質の摂取です。特に男性は酸化ストレスにより精子DNAが損傷され、もしも、パートナーの女性が高齢になるほどDNAの修復力が低下するため顕微授精の治療成績が悪くなることを指摘しています。対策として、禁欲期間の短縮とオメガ3系脂肪酸や抗酸化サプリメントの摂取が有効であるとの研究を紹介しています。

加齢以外で卵子や精子、胚を悪くするもの

◎肥満

肥満はホルモンバランスの悪化だけでなく、酸化ストレスの増大にも関わり、卵子や精子、胚を悪くし、体外受精や顕微授精の治療成績を低下させるといいます。たとえ、妊娠できたとしても、妊娠継続や出産に伴うあらゆるリスクが高まることから不妊治療を開始するまでに適正な体重(BMI)を維持しておくことを推奨しています。また、肥満女性にとっては強めの運動に取り組むことで体外受精の妊娠率の改善が認めらているとのこと。

さらに、オメガ3脂肪酸や抗酸化サプリメントを抗炎症や抗酸化のために摂取することのメリットを指摘しています。

◎喫煙

喫煙は卵子も、精子も、悪くすることが明らかで、体外受精の成績を悪化させるとも明らかとのこと。喫煙が酸化ストレスを増大させるので、どうしても禁煙できない男性は抗酸化サプリメントの摂取だけでも実行すべきだといいます。また、禁煙した場合、その害を和らげるために3〜6ヶ月は不妊治療を開始するのを待ったほうがいいかもしれないとのこと。

◎飲酒

男女の飲酒は体外受精の妊娠率を低下させ、流産率を高めるので体外受精に臨むカップルは治療前と治療期間中は飲酒を控えるべきだとしています。

◎カフェイン

古い研究では1日に0-2mg(カフェイン入り飲料を飲まないか、デカフェ飲料1杯に相当)のカフェイン、つまりはカフェインを摂取しないほうが体外受精の成績がよいとの報告がある一方で、最近のいくつかの研究ではカフェインの摂取は体外受精の成績に関連しないと報告されているとのこと。今後、明確なデータが出るまではカフェイン摂取も控えめにすべきとしています。

◎AGE(終末糖化産物)

AGEはたんぱく質と糖が結合することによって出来てしまう物質で食後の血糖値が高い状態が続くとAGEもつくられやすくなり、酸化ストレスを増大させます。AGEが多くつくられるようになると卵子や精子、胚が悪くなり、体外受精の治療成績の悪化に密接に関与すると報告されています。対策としては、食生活を改善し、食後高血糖を避けるべきとのこと。

◎ビスフェノールA

卵巣の反応が悪い女性はそうでない女性に比べて尿中ビスフェノールAレベルがほぼ2倍で、低い着床率の目安になるという研究報告があり、さらにはビスフェノールAは流産のリスク増大や精子の質の低下に関連しているとも言われているとのことです。ビスフェノールAの摂取源は主にプラスティック容器や缶詰、そして、ほとんどのクレジットカードのレシートとのこと。

◎運動

適度な強度と頻度の運動は女性にとっても、男性にとっても、血流をよくし、細胞内の抗酸化力を高め、酸化ストレスを抑制することで卵子や精子、胚に良好な環境をつくりますが、激しい運動は、かえって、酸化ストレスを増大するので、避けるべきとしています。

◎食生活

バランスのよい食生活を守っているカップルほど体外受精の妊娠率がよい、また、地中海食に近い食生活のカップルほど体外受精の妊娠率がよいというオランダの研究があります。バランスのよい栄養摂取や地中海食の特徴は、抗酸化、抗炎症体質に寄与し、卵子や精子、胚の健全な成育につながるのではないかと指摘しています。

◎ストレス

ストレスは身体がストレス反応を優先させ、生殖機能は後回しされることで卵子や精子、胚を守りきれなくなり、体外受精の妊娠率の低下に関与することがこれまでの多くの研究で明らかになれてきました。認知行動療法やマインドフルネスなど適切な方法でストレスをマネジメントすることで治療成績が改善されることを示す研究も増えています。

健全な老化と不自然な老化

妊娠しやすいカラダづくり、すなわち、「妊娠のために自分たちにできること」は、結局、「卵子や精子、胚を悪くしないこと」に集約されます。

現時点の最新、かつ、最先端の研究で卵子や精子、胚を悪くするような環境をつくるものを長々と解説しました。

一言で言えば、それは老化現象によるもので、それを防いだり、逆転させることはできません。

年には勝てないということですが、肥満や喫煙、お酒やカフェインなどの嗜好品の取り過ぎ、食生活の乱れ、ストレスは、それ、そのものも卵子や精子、胚を悪くしますが、老化現象と相乗が最もダメージを大きくすることがわかりました。

つまり、不自然な老化です。

大切なことは健全な老化を受け入れ、不自然な老化を排除することです。

そして、勇気づけられるのは、不自然な老化は逆転させることができるかもしれないということです。

ただし、食べること、栄養を補充すると、動くこと、休むことは成育環境に密接に関連しているということは、無闇矢鱈な妊活は不自然な老化を招くこともあると言えます。

エビデンスにもとづいた取り組みとは、特別なことはなにもありません。当たり前なものばかりです。

自分たちに必要な取り組みを考え、卵子や精子、胚の成育に良好な環境をつくりましょう。

それは、きっと、自分たちにとっても良好な環境であるはずです。


◎参考にした文献
Aging and the environment affect gamete and embryo potential:
can we intervene?

Fertility and Sterility.2016; 105: 548-559.