編集長コラム

細川 忠宏

カラダづくりに大切な「優先順位」について考える

2019年06月04日

メラトニンというホルモンがあります。

夜間にだけ分泌され、睡眠や身体のリズムの調節に関与し、強い抗酸化作用を有することが知られています。

このホルモン、本当にスーパーな存在で、油にも、水にも溶けて、直接的にも、間接的に(受容体を介して)も、抗酸化作用を発揮し、おまけに、ほとんどの活性酸素を無毒化するだけでなく、活性酸素を無毒化しても抗酸化作用を失いません。

体内には多くの抗酸化物質が働いていますが、たいていは、脂溶性か水溶性で、特定の活性酸素のみを無毒化し、その後、抗酸化能は失われますので、メラトニンが、いかに強力な抗酸化物質であるかがわかります。

動物実験で、メラトニンの分泌量を増やすと寿命が長くなり、減らすと寿命が短くなることが確かめられていますので、まさに、アンチエイジングホルモンと言えます。

卵子の質を低下させる主な原因の一つが酸化ストレスと言われていますので、不妊治療でなかなか結果が伴わない場合、メラトニンを処方されるドクターも少なくありません。

実際、このメラトニン、どこよりも卵胞液中に高濃度に存在し、卵胞発育に伴って濃度が高くなることから、卵子を保護し、質の低下を防いでいると考えられています。

そのことを確かめた臨床試験も山口大学が実施しています。

前回の体外受精で妊娠に至らず、かつ、受精率が50%未満だった女性を2つのグループに分け、一方(56名)には、次の治療の採卵前の周期の月経5日目から採卵前日までメラトニンを飲んでもらい、もう一方(59名)は、メラトニンを飲まずに体外受精胚移植を行い、受精率と妊娠率を比較しています。

その結果は、メラトニンを飲んだグループの受精率は平均20%から50%に改善し、19.6%が妊娠した一方、飲まなかったグループでは受精率の改善はみられず、妊娠したのも10.2%だったというものです。

メラトニンを飲むことで卵胞液中のメラトニン濃度が上昇し、酸化ストレスも低下したことも確かめられていますので、メラトニンの抗酸化作用で卵の質が維持され、受精率、妊娠率ともに改善されたことが示唆されました。

ただし、その後、海外でもいくつかの比較対照試験が実施されていますが、いずれも成熟卵や良好胚は増えたものの妊娠率や出産率は変わらなかったというもので、未だエビデンスが確立された治療法にはなってはいません。

今後の研究に期待したいところですが、どうやら、メラトニンというスーパーな抗酸化物質と言えども、これを補充するだけでは、確実に、妊娠率や出産率を高めてくれるというわけにはいかないようです。

要は、魔法の杖は存在しないと。

さて、言いたいことはここからで、魔法の杖に頼ることが出来ないからこそ、「魔法の杖」を探そうとするのではなく、「カラダをつくる」ことこそが大切だと思うのです。

メラトニンは、スーパーな抗酸化物質であり、卵子のアンチエイジングに働くことは、間違いのない事実です。

だからこそ、その効果をより確実なものにするために、「外から取り入れる」のではなく、「内から増やす」のです。

大切なことは、取り組む順番、すなわち、「優先順位」です。

具体的な取り組みは以下の通りです。

メラトニンは赤ちゃんの時が最も活発に分泌されていますが、年齢とともにその量が減ってきます。

そこで、外から補充するのも一つの方法ですが、自ら分泌する量を維持するほうが、効果は大きく、かつ、持続的だということです。

そのためにメラトニンの材料や産生に関わる酵素や補酵素を不足しないようにし、かつ、分泌する働きを低下させないようにするのです。

メラトニンの材料はトリプトファンで、必須アミノ酸の一種です。

牛・豚などの赤身肉やレバー、チーズなどの乳製品、カツオ・マグロなどの青魚、スジコやタラコなどの魚卵、豆腐や納豆などの大豆とその加工品、果物ではバナナにトリプトファンが多く含まれています。

そして、葉酸やナイアシン、鉄を補酵素としてヒドロキシトリプトファンに変換され、そこから、ビタミンB6を補酵素としてセロトニンに変換され、さらにマグネシウムを補酵素としてメラトニンがつくられています。

これら、必須アミノ酸やビタミン、ミネラルの内、どれか1つでも不足するとメラトニンがうまくつくられなくなります。

そのため、まず取り組むべきは、バランスよく食べること、です。

そのメラトニンを適切なタイミングと量で分泌する働きは「光とリズム」によって調節されています。

そこで、毎朝、同じ時間に起き、太陽の光を浴び、夜は暗くし、ウォーキングやジョギング、水泳などのリズミカルな運動で、身体を動かし、呼吸法で自律神経を整えるとメラトニンの分泌機能の活性が上がります。

その結果、メラトニンが、外から補充するよりも適正な量で分泌、すなわち、個々に必要とされる量だけが分泌されるようになります。

また、メラトニンの前段階のセロトニンの分泌量も適正化されます。

セロトニンは脳内の神経伝達物質なので、その結果、こころも身体も元気になり、メンタルのバランスがよくなります。余談ですが、このセロトニンが不足するとうつ状態になります。

このように、体内のメラトニンの分泌メカニズムを最適化することで、一石でなん鳥にもなるというわけです。

体内ではあらゆる臓器、あらゆる細胞は孤立しているわけではなく、互いに密接なネットワークでつながっていて、そのネットワークが身体を機能させています。

そのため、いいことだらけなのは、当たり前と言えば、当たり前なことです。

「カラダづくり」とは、なにも特別なことをするわけではなく、当たり前な順番で、当たり前なことを、毎日、繰り返すこと、なのですね。