過去に1回、もしくは、2回の流産を経験した女性では、次の妊娠における着床時期や任妊娠初期のストレスは流産のリスクを高めることが、アメリカで実施された研究で明らかになりました(1)。
ストレスが妊娠の成立や流産に影響するという研究報告は多くなされています。
ストレスによって子宮の細動脈が収縮し、細くなり、さらに、炎症を引き起こされることから、特に、着床時期と妊娠初期のストレスは要注意です。
研究は、妊娠前から低用量アスピリンを服用することによる妊娠への有効性を調べた、多施設二重盲検無作為化比較対照研究(EAGeR研究)に参加した、過去に1回、もしくは、2回の流産経験のある女性を対象にした二次解析です。
妊娠前から妊娠後にかけて、毎日の日記と月末に質問票より、知覚されたストレスを測定し、ストレスレベルと初期流産の発生の関係を解析しました。
その結果、被験者女性でhcgテストによる陽性反応で妊娠が確認されたのは797名、その内、23.6%(188名)が流産に終わりました。
着床時期や妊娠初期の週単位の知覚ストレスレベルが全体の上位半分の女性は下位半分の女性に比べて流産に終わるリスクが2倍以上だったことがわかりました。
知覚ストレスレベルの測定は自己申告によるものであること、体内のストレスメーカー等の測定は実施されていないため、そのメカニズムは不明であるものの、過去に流産したことのある女性では、着床時期や妊娠初期の知覚ストレスと流産リスクが関連することが示されました。
テンダー・ラビング・ケア(TLC=Tender loving Care)をご存知でしょうか?
「優しい愛のケア」というような意味ですが、流産を繰り返す女性に対する治療法の名前です。
投薬や外科的な治療ではなく、"優しく、愛情を持って"患者に接し、そして、いたわるという、ごくごく単純な治療法です。
2006年のヨーロッパ生殖医学会の習慣流産の検査や治療についてのガイドラインでは、習慣流産の夫婦に施されるべき確立された治療法はTLCだけであると記載されています(2)。
このTCLが広く知られるようになったのは、1984年にスウェーデンの研究チームが発表した論文です(3)。
連続して3回以上流産を繰り返した女性195人を対象に、9年間追跡調査したところ、195人の流産の総数は773件、なかには13回流産した人もいました。研究では、原因のあるカップルには適切な治療をした上で、TLCを受けたグループと受けなかったグループに分けた結果、TLCを受けなかったグループでは33%に対し、TLCを受けたグループでは86%のカップルが出産したことを報告され、TLCの有効性が示さました。
この研究で、TLCによる精神的な安定が流産を避ける上で有効であることがわかりました。
流産の約8割は、胎児側の染色体異常で、たまたまその時の受精卵の染色体に異常が生じて上手く成長できなかったというだけで、一定の確率で誰にでも起こりうることであり、たまたまということで、避けようがありません。
つまり、確率論が支配する世界であると言えます。
「たまたま」妊娠できなかった、「たまたま」流産してしまうことは、普通に起こるわけですが、「たまたま」起こっているので、原因を追求してもわからないわけです。
ただし、当事者とすれば、原因がなく、妊娠できなかったり、流産してしまうことは、なかなか、受け入れ難く、この繰り返しが、ストレスに感じるようになるのではないでしょうか。
つまり、ストレスの発生源は、どちらかと言えば、治療そのものというよりも、治療結果の受け止め方にあるということになります。
妊娠の成立や継続には、さまざまな体内の身体の働きが、複雑に影響しあい、絶妙なバランスで進行していきます。
そのため、ストレスさえなくせば、妊娠し、出産することが出来るというような単純なものでは、もちろん、ありません。
ところが、結果も受け止め方が、適切でないばかりに、不要な心配や不安を抱えてしまい、それが、ストレスになり、妊娠や出産にマイナスの影響を及ぼしているとすれば、こんな切ないことはありません。
原因を追求し過ぎることは、ないものねだり的な行為で、かえって、ストレスを招き、自分たちで自分たちの首を絞めることになりかねない、このことを知っておくことは極めて大切なことではないかと思います。
自分たちにコントロールできないことをコントロールしようとしているようなものです。
自分たちにコントロールできないことは、素直に受け入れ、自分たちにコントロールできること、たとえば、毎日、ごきげんに過ごすこと、適度に運動すること、バランスよく食べること、不健康な嗜好品や習慣をきっぱりやめること等に取り組むことです。
世界中の研究者が日夜研究しても未だわかないことを突き止めることよりも、自分の生活や考え方、生き方を見直すほうが、よほど簡単なことです。
文献)
1)Hum Reprod. 2022 Aug 16;deac172. doi: 10.1093/humrep/deac172.
2)Hum Reprod. 2006; 21: 2216
3)Am J Obstet Gynecol. 1984; 148: 140.