不妊治療は二人で一緒に取り組むのが基本であると言われています。ただし、それは男性も検査を先送りしないで、一緒に受けるべきであるという理解にとどまっているように思うことがあります。
精液検査に問題がなければ、お役御免と考えているように見える男性が少なくないからです。
男性の検査と言えば、まだまだ、精液検査だけと思われていることが多く、その検査で問題がなかったのであれば、そうなってしまうのも無理もないことかもしれません。
ところが、それは大きな誤解と言わざるを得ません。
なぜなら、精液検査だけで、男性の、パートナーを妊娠させる能力がわかるわけではないからです。
少し考えてみればすぐにわかることですが、精液検査でわかるのは、精子の数や精子の運動性、そして、精子の形です。
そして、それらは、主に精子が卵子のところまで、到達するために必要な能力の指標となるものです。
自然妊娠の場合、膣内で射出された精子が卵子のところまで辿り着かなければ、お話しになりません。
そのため、精液検査は、自然妊娠や人工授精で、男性の、パートナーを妊娠させる能力を評価するのには適していますが、体外受精や顕微授精になると、あまり、参考にはなりません。
体外受精や顕微授精では、精液検査がよい時に妊娠出来ず、悪い時に妊娠に至ることが、よくあるのはこのためです。
体外受精や顕微授精では、そもそも、精子の数や精子の運動性は不要です。
体外受精では卵子のそばまで、顕微授精に至っては卵子の中まで、連れていってくれるからです。
そして、自然妊娠でも、体外受精や顕微授精でも、本番、すなわち、妊娠、出産にとって大切なのは、精子と卵子が出会ってからのプロセスです。
つまり、精子と卵子が出会うのは、必要条件ではありますが、十分条件ではなく、その後に受精が成立するか、受精卵が正常に分割し、胚盤胞まで成育するかどうか、そして、その胚盤胞が着床し、妊娠し、それが継続するかどうかが重要だということです。
それでは、出会った後のプロセスが正常に進むために、精子になにが求められるのでしょうか。
それは、精子の質です。
もっと正確に言えば、精子が卵子の中に侵入した後、精子、そのものはなくなり、残るのは精子の頭部に格納されていたDNAだけで、そのDNAが健全であること、すなわち、損傷していないことです。
そして、精子DNAが損傷していないかどうかは、残念ながら精液検査では十分には把握することは出来ません。
そのため、精液検査で問題なかったとしても、すなわち、精子の数や運動性が十分でも、DNAが損傷している精子が多ければ、胚盤胞に到達できなかったり、妊娠しても流産になってしまう確率が高くなってしまいます。
精液検査に問題がなかったからと言って、決して、お役御免にはならないのはこのためです。
それでは、精子の質、すわなち、精子のDNAの損傷度合いはどのように調べればよいのでしょうか?
精子DNA断片化指数(DFI)検査でわかります。
精子DFI検査は精液中にDNAが損傷している精子の割合を調べる検査です。
最近、新橋夢クリニックから、精子DFI検査は、男性側の隠れたリスク因子がみつかる可能性があるため、精子DFI検査を男性のルーチン検査に取り入れることで、男性の、パートナーを妊娠させる能力を、より確実に評価できるようになる可能性があるという研究報告が論文として発表されています。
2020年6月から2021年6月まで新橋夢クリニックで精液検査を受け、精子DFI検査を希望した182名の男性患者を対象に、精液検査結果とDFIとの関連を調べるだけでなく、精子DFI検査結果とその後の女性パートナーのICSI治療成績との関連も調べています。
その結果、精子DFIの平均値は年齢とともに上昇し、精子濃度や総精子数、精子運動率で、WHO基準を満たした患者は、基準を満たさない患者に比べ、DFIが有意に低いことがわかりました。
また、DFIが高い男性は低い男性に比べてICSI後の胚盤胞到達率が有意に低いこともわかったとのことです。
このことから、精液検査が正常であるにもかかわらずART成績が悪い場合、DFIによる男性不妊を疑う必要があると結論づけています。
ただし、この精子DFI検査は、一部のクリニックでしか受けることが出来ません。
そのため、検査を受けることが出来れば、それに越したことはありませんが、出来なくても、大切なことは、男性、特に自身が高齢、もしくは、パートナーの女性が高齢であれば、精子DNAに損傷にない質の高い精子を意識することが大切です。
そのためには、禁煙すること、お酒を飲みすぎないこと、下半身をあたため過ぎないこと(ゆったりした下着の着用、サウナや長風呂は避ける)、男性型脱毛症治療薬の摂取を避けること、適度な運動をすること、抗酸化サプリメント(還元型CoQ10等)、そして、健康的で規則正しい生活を心がけることです。
パートナーの女性が不妊治療を受けている場合、一緒に取り組むことは精子の質をよくすることで、治療成績の向上に寄与することです。