ドクターにインタビュー
vol.13
【3】対話を深めるということ ~情報を共有する
春木 篤 先生(春木レディースクリニック院長)
【3】対話を深めるということ ~情報を共有する
細川)
対話をベースにした医療というのは、単に、患者さんとたくさんおしゃべりをして、患者さんの希望通りの治療を行いますよ、ということではないのですね。
Dr.)
はい、全く違います(笑)。より質の高いEBM、すなわち、それぞれの患者さんの個別な特性に応じた治療を行うためには、患者さんのあらゆる情報が必要になります。それは、EBMに沿った治療だけを行っていてはキャッチできないのです。そのための"対話"が必要なのです。
細川)
はい。
Dr.)
以前、他院でなかなかよい結果が出ないという患者さんがいらっしゃいました。それまで、2回の二段階胚移植(※)を含む、4回の初期胚や胚盤胞の凍結胚移植(※)を繰り返しても妊娠に至らなかったというのです。患者さんにとっては、いつも胚盤胞まで育つので単に自分の卵が悪いからとは受け止められず、悩んだ末についに転院してこられたのです。
細川)
はい。
Dr.)
私は、常に、患者さんが話しやすい環境を提供することに徹するのですが、対話を重ねる中で、「私は、『いつも』、ホルモン剤を飲んで・・・」という患者さんの"いつも"という言葉にピンときて、この患者さんにとっては自然周期のほうがいいのではないかと考えたのです。
細川)
はい。
Dr.)
そこで、一般的なデータ(EBM)では凍結胚移植については、ホルモン剤を補充する周期のほうが妊娠率はいいとされているけれども、あなたの場合には自然周期のほうがいいかもしれないという提案をさせてもらったのですね。患者さんも納得され、その結果、自然周期で胚盤胞を1個だけ戻して、すぐに妊娠できたのです。今まで、一度も妊娠しなかった患者さんがですよ。
細川)
そうなんですね。すると、ホルモン補充ではなく、自然な状態のほうが着床環境がよいという、その患者さんの個別な要因があったということでしょうか。
Dr.)
ええ、結果としては、そういうことになります。凍結胚移植ではホルモンを補充するのがエビデンスと言えば、エビデンスですからね。
細川)
では、他院ではエビデンスに沿った治療を行っていたと。
Dr.)
そうなんです。ですから、決して、間違った治療だったとは言えないのです。ただ、エビデンスが効果的かどうかという点において、全ての患者さんに同じエビデンスがあてはまるわけではないということなんですね。
細川)
そうですね。
Dr.)
また、体外受精で凍結胚移植(※)する場合、30歳で新鮮胚移植をした場合の妊娠率は30%、ところが、凍結して胚移植した場合は40%であったとしましょう。この場合、EBMではより妊娠率の高い凍結胚移植を選択することになります。
細川)
はい。
Dr.)
ただし、新鮮胚移植でも30%は妊娠し、凍結胚移植でも60%は妊娠しないわけです。その背景には何かあるはずです。そのことをどう受け止めるか。私は、エビデンスだけにしばられたくはありません。つまり、エビデンスがあるからという理由だけで、全て凍結胚移植すべきだとは考えたくはないのです。なぜなら、生殖医療というのは妊娠率さえよければいいというものではなく、妊娠出産まで、さらには産まれてくるお子様の将来のことまで配慮する必要があると考えるのです。ですから、胚を凍結せずに移植できる環境にあれば、さきほど示した6日目胚盤胞の場合のような「極端な妊娠率低下」がない限り、胚移植を行うべきだと考えています。
細川)
なるほど。
Dr.)
その場合、出来るだけ患者さんの情報が必要になるわけですから、患者さんのお話しをお聞きすることに徹します。そして、得られた情報を組み立て、患者さんが納得する説明を行います。その上で、ご本人の希望を反映させた治療を行う、これが私のスタイルです。このベースに対話があるというわけです。
※二段階胚移植
採卵後2日目と5日目に胚移植を行う方法。最初に戻した胚が子宮内膜を着床しやすくし、2回目に移植した胚が着床しやすくなると考えられています。
※凍結胚移植
体外受精で良好な受精卵が得られたとくに凍結保存しておき、別の周期に凍結胚を融解し、子宮に戻す方法。凍結融解技術が進歩し、新鮮胚移植より移植あたりの妊娠率が高くなっています。