ドクターにインタビュー
vol.19
40代の不妊治療について考える
辰巳賢一 先生(梅ヶ丘産婦人科院長)
【2】数少ない染色体正常卵子をいかにして妊娠に結びつけるか
- 細川)
- 40歳からの不妊治療についてお話をお伺いしたいと思います。
- Dr.)
- まず、なぜ女性の年齢が高くなれば妊娠しづらくなるのかを考えてみましょう。
- 細川)
- はい。
- Dr.)
- 体外受精の治療成績に影響を及ぼすのは、胚側の因子として、胚の染色体異常や遺伝子異常、細胞質の異常が考えられます。また、子宮内膜側の因子としては、子宮筋腫や子宮内膜ポリープなどの器質的な異常やホルモンの分泌障害などの機能的な異常などがあります。
- 細川)
- 赤ちゃんのほうの問題と子宮内膜の着床環境の問題があるということですね。
- Dr.)
- そうです。これらの因子の内、加齢によって決定的に増加するのは、胚の染色体の数的異常です。つまり、年齢とともに妊娠しづらくなるのは、主に、胚の染色体異常によるものと考えられるのです。
- 細川)
- 卵子が老化すると染色体異常が増えると。
- Dr.)
- そうです。卵子が老化することに伴って細胞質[2]内のミトコンドリア[3]の機能が低下し、それによって卵細胞が減数分裂する際に染色体が均等に分かれにくくなってしまいます。その結果、本来は23本であるべき染色体の数が、たとえば、1本多い24本になったり、1本少ない22本になったりし、その卵が受精すると染色体の数的異常が起こり、妊娠反応が出る迄に胚の分裂が止まり、妊娠率が低下してしまいます。また、妊娠しても流産したり、さらに、出産に至っても先天異常を引き起こしたりしてしまうことになります。
- 細川)
- 年齢とともに卵の染色体の数的異常が増え、その結果、妊娠しにくくなり、反対に流産しやすくなったり、先天異常のリスクが高くなったりしてしまうのですね。
- Dr.)
- はい。体外受精で妊娠しないこと、流産すること、年齢が高くなると染色体異常が増えることは一連の流れなのです。どのくらいの割合で染色体異常があるのかを調べた研究があります。それによりますと、35歳未満では形態良好胚の56%に、形態不良胚では70%に、そして、41歳以上になると形態良好胚でも79%、形態不良胚になると88%に染色体異常がみられたとの報告があります。
- 細川)
- 思った以上に染色体異常は多く発生しているのですね。
- Dr.)
- そうですね。ですから41歳以上になると、たとえ、グレードのよい胚が得られても8割近くは染色体異常があるということになります。
- 細川)
- 年をとると妊娠しづらくなることの根本的な原因がここにあるというわけですね。
- Dr.)
- そうです。ですから、卵子のミトコンドリアの機能の低下を予防したり、正常化したりすることが出来れば、胚の染色体異常も少なくなり、年齢による妊娠率の低下もある程度は食い止めることが期待出来るということになります。
- 細川)
- そうですね。
- Dr.)
- 実際に卵子のミトコンドリアの機能を正常化させる研究が盛んに行われています。たとえば、老化卵子に若い女性の卵子の細胞質を注入する方法があります。ところが、出生児に異常がみられました。また、若い女性の卵子から核(遺伝情報が格納されている)を取り出し、老化卵子の核と置換する方法が研究されていますが、現段階では研究途上です。
- 細川)
- なるほど。
- Dr.)
- 要するに、現時点ではミトコンドリアの機能を正常化する、臨床的に確立されている方法はないということです。そのため、卵子の老化による胚の染色体異常を改善することは難しいというわけです。
- 細川)
- はい。
- Dr.)
- であれば、40歳からの不妊治療で妊娠率を上げるためには、排卵される数少ない染色体正常卵子をいかにして妊娠に結びつけるか、このことに尽きるのです。
- 細川)
- 数少ない機会をいかに確実に妊娠にもっていくかだと。
- Dr.)
- そうです。根本的な治療や改善は難しいわけですから、10周期に1回くらいしか排卵されてこないと考えられる、「妊娠する力が備わった卵子」を、いかにして妊娠に結びつけるか、これが大切になってくるというわけです。
- 細川)
- よくわかりました。 ■この章のポイント (1)女性の年齢とともに妊娠しづらくなるのは、卵子のミトコンドリアの機能が低下することによって卵細胞の染色体不分離が起こり、胚の染色体異常が増えるためである。 (2)卵子が老化することで起こる胚の染色体の数的異常を改善することは現時点ではかなり難しい。 (3)高齢女性の不妊治療で妊娠率を上げるためには、高齢女性から排卵される数少ない染色体正常卵子を、いかに妊娠に結びつけるかに尽きる。
■用語解説 [2]細胞質 細胞内の核以外の領域のこと [3]ミトコンドリア 細胞質に存在する器官で、糖や脂質を燃料にしてエネルギーを生産している。
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ドクターにインタビュー
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