ですから、実際に凍結精子あるいは凍結胚の移送をご希望となれば、患者様ご自身が、"受け渡し側"と"受け取り側"の両方のクリニックの了解を得て、移送を実施しているのが実情だと思います。そして、先述しましたように、凍結した精子あるいは胚を移送して治療するというのは、一般には、まれなことですので、移送方法を知らない、あるいは移送の経験がないクリニックも多いのかも知れませんね。
そこで、私の知っている凍結精子・凍結胚の移送方法でよろしければ、以下ご紹介します。
①ドライシッパーを用いて移送する
ドライシッパーは、凍結胚や凍結精子を移送するための専用の容器なので、1週間くらいはこの容器内で充分に保管できますし、長距離・長時間に及ぶ移送を安全に実施したい場合に最適です。
ご質問文中にありますように、「出来るだけ安全に移送したい」というご要望ですと、このドライシッパーを用いることが最良なのですが、これは、非常に高額(私の記憶では、1セットで100万円近くしたかも知れません)なので、通常のクリニックは、このような容器を持っていませんし、みかん様のためだけに購入することも現実的には考えにくいですね。
自己負担でご購入を考えるか(これも普通は考えないと思いますが...)、あるいは、受け取り側のクリニックに 「今後の患者様のためにも」と、交渉して買ってもらうことが必要になると思います。
②魔法瓶あるいは発泡スチロールに液体窒素を充填し、その中に凍結精子あるいは凍結胚をいれて、自動車で移送する。
この方法は比較的近距離(数時間程度でしょうか)の場合に用いられているかも知れません。
液体窒素が蒸発したりこぼれたりしなければ、基本的には問題ないのですが、やはり、魔法瓶や発泡スチロールの容器では、液体窒素を充填する量に限界がありますし、衝撃などにより、容器が転倒し、液体窒素がこぼれだす危険がありますので、比較的、近距離・短時間の移動の場合にしか用いないと思います。
また、助手席の人間がしっかりと容器を持ちながら移動するか、あるいは、なんらかの方法でしっかりと容器を固定して、転倒しないようにする配慮が必要です。
③ドライアイスを用いて、クール宅急便で移送する。
これは、一般的かどうかは分かりませんが、凍結したストローをドライアイスの大きな塊ではさみこんで固定し、発泡スチロールなどの容器にいれて、クール宅急便で移送させる方法があります。丸1日間くらいは、この方法で保存および移送が可能ということですね。
凍結胚の実績については、私もよくわかりませんが、凍結精子については、この方法で移送しても品質上問題なかったとういう報告を拝見したことがあります。
以上が私の知る凍結精子・凍結胚の移送方法です。
現在の状況で、みかん様が移送方法を選択するとなると、現実的には、②あるいは③になるでしょうか。
②の方法で移送するにあたり、そちらの施設の説明では、精子をいれているパック(ストロー?)が割れてしまう恐れがあるとのことですが、これについては、液体窒素にパックをいれる際、パックをまとめて固定して出来るだけ振動や衝撃にたえるような配慮も出来るかも知れません。
もう少し、交渉してみても良いかも知れませんね。
もちろん、私もこの方法で凍結胚・凍結精子を移送した経験は何度かありますし、パックあるいは凍結ストローなどが振動で割れたことはいままで経験しておりません。
③の方法は、あまり実施されてはいないものの、比較的、長距離・長時間の場合に有効かも知れません。
私は、過去に一度、この方法で凍結精子を移送させた経験がありますし、凍結精子の品質にも問題なく、この凍結精子を用いて妊娠例も経験いたしました。
ただ、これらの方法を用いても、やはり、100%安全とは言い切れません。
移送するにあたってのリスクは必ず伴いますし、移送させる際のいかなるトラブルについても、すべて自己責任になるという覚悟は必要だと思います。
また、凍結精巣精子の場合は、クリニックごとに取り扱う方法が大きく異なることがあるので、無事に凍結精巣精子を移送できたとしても、受け取り先のクリニックがうまく凍結精巣精子を扱えるかどうかという問題もあります。
ですから、まず、受け取り先のクリニックに凍結精巣精子を使った経験があるかどうかよくご確認いただいた上で、移送するかどうか決定していただくと良いと思いますし、依然として、不安要素の方が大きいのであれば、大変、不便ですが、通院しないまでも採卵から胚移植までは、以前のクリニックで実施しておいたほうが無難かも知れませんね。